※学生時代
携帯の時計の表示が変わるのを見て、年が明けたなあと特に感慨もなくあきらは思った。
数少ない友達にはあけおめメールのひとつでもしておきたいが、どうせしばらくは繋がらないに決まっている。なら朝起きてからでも構わないだろう。
よし、と枕元に携帯を放り、布団に潜り込む。
うとうととしかけた頃に、窓の方でコツコツと微かな音がしているのに気づいた。
月明かりに照らされた室内を見渡して、なんだろうと目を凝らす。コツン、とまた音がしてやっと、小さな石が窓にぶつかっているのだとわかって身を起こす。
半ば犯人の予想はついているのでため息が出た。窓を開けて下を見ると、そこにはやっぱり、
「あきら!」
コートを着込んだ五条悟が、少し苛々しながら地上に立っている。
「……何してんの」
「初詣行くぞ」
「はあ?」
片眉を吊り上げてあきらが答える。東京とは名ばかりのこの山の中に、初詣に行けるようなまともな神社は自分の知る限りない。筵山を下りれば何かしらあるだろうが、零時を過ぎたこの時間に行きたいはずもなかった。
はあっと呆れて息を吐くと白くなってすぐ消える。寒いのだ。
「早くしろって」
五条があきらの気も知らずに急かしてくる。
「やだよ……」
「何言ってんだよ、正月だろ」
「せめて明日にして。今から麓まで降りたくない」
「ハア?麓?」
今度は五条がバカを見るような目であきらを見た。「だって神社なんかこの辺にないじゃん」力なく言ってやると、ますます何言ってんだというような顔になる。
「何その顔」
「神社ならあんだろ」
「……どこに」
あきらが尋ねると、五条は少しあたりを見渡して、それからどこかを適当に指さした。
「確かあっち」
「…………」
五条の指さす方には、立派な神社らしき建物がある。毎日位置の変わる、ただのハリボテの神社が。
**
結局五条の強引さに負けて、あきらは外に出た。
寝間着のジャージにマフラー、コートという適当極まりない格好だが、五条も似たようなものなので文句はない。
今日建っている中で一番立派そうな神社のハリボテに向かい、月明かりの下を五条と歩いている。
「あ」
不意に震えた携帯を見ると、実家に帰っている硝子からメールが来ていた。今年もよろしくという言葉の他に、デコメがついている。わちゃわちゃと動いているそれを見て笑っていると、五条が画面をのぞき込んできた。
「なんだ硝子か」
「うん」
「アイツもこっち残ればよかったのに」
ちょっと不満そうに五条が言った。
硝子も夏油も、あきらと違って家族がいるから、年末はさすがに実家に戻っている。帰んなくていいじゃんと喚いた五条に、夏油なんかは親孝行しないとねと笑って寮を出て行った。年の瀬くらい親に顔を見せるのはきっと当然なのだろう。
というか立場を考えると、五条が一番帰らなくてはいけないはずなのだが。
そう思って隣を歩く横顔を見上げると、何、と怪訝そうに訊かれた。
「いや、なんで帰らなかったのかと思って」
「帰って何すんだよ、毎年毎年ジジイとババアに挨拶して飯食ってしかしてねーんだから一年くらいいいだろ」
「来年は帰るんだ」
「帰んねーよ。あきらは?」
「帰らない」
帰る場所がない、とはなんとなく言えなかった。
五条はフーンとどうでもよさそうに頷いて、前に向き直る。
いつの間にか参道らしきところを歩いていた。
普通の神社なら人でごった返しているだろうが、ここは高専敷地内の、神社っぽいだけのなにかだ。当たり前のように人はいない。
砂利のせいで少し歩きづらかった。
息を吐く度に白く濁り、すぐに冬の寒さに澄んでいく。人がいて、音だってするのに、ここは不思議と静かだ。
賽銭箱にたどり着き、きちんと備え付けてある鈴を鳴らして手を叩く。神がいないどころか明日には消えてしまう神社になにも願う気にはなれなくて、あきらは結局拝むだけにした。
目を開けると早々に願い事を終えていたらしい五条がこっちを見ている。暗闇でも変わらず青い瞳と目が合う。
「何願った?」
「別に何も。五条は?」
「俺も別に」
「……ねえほんと何のために来たの」
「来たかったから」
くだらない会話を交わしながら、寮に帰るために来た道を戻っていく。
そう言えば、とふと思い出したあきらが足を止めた。五条が不思議そうに、首だけで振り返る。
「なんだよ」
「まだ言ってなかったと思って」
あけましておめでとう、今年もよろしくと、口から出たのは決まり切った新年の挨拶だ。
五条は少しきょとんとしてから、何故だかとても楽しげに、よろしくしてやるよと笑った。