「あーーっ!!!」
ごろごろ油断していた室内に、突然菜々子の声が響きわたったものだから、あきらは驚いて持っていた漫画を取り落とした。ばさっと音を立てたそれを拾うのも忘れ、ソファーの上でくつろいでいたはずの菜々子を振り返る。ぽっかり口を開けて、食い入るように携帯を見つめている菜々子の横で、美々子がうるさそうに耳を塞いでいた。
「な、なに?」
「美々子!見てこれ!」
あきらの問いかけに答えもせず、菜々子は携帯の画面を隣の美々子に突きつけた。どれどれ、と呆れたようにそれを見た美々子の顔が、同じく驚きに染まる。
「これ……」
「絶対あの村だよ!私たちがいた村!」
置いてけぼりのあきらは少し膨れて、血の繋がらない家族の方へと近づいた。ソファーの席は埋まっているから後ろに回り、菜々子の携帯をのぞき込む。隠すような素振りはなかった。
小さな画面の中では、動画が再生されている。よくある動画サイトの素人番組のようなものらしい。
最近はテレビよりこういうものが流行で、職業にさえなるということを、あまり詳しくないあきらも知っている。
動画のタイトルには伏せ字になった県名と、村の名前があった。
「廃墟探検だって!」
「心霊スポット……」
「あっ、この家村長のだ」
「よく……いじめられた……」
動画の音量を菜々子が大きくした。
夜の廃墟を探索する数人の男たちは、この村の噂を流暢に語っている。
曰く、十年ほど前まで百人ほどの住人が住む村だった。有毒ガスか何かのせいで、村民の全員が亡くなり、それ以来廃墟になったと。しかしそれは表向きの話で、本当は何者かに皆殺しにされたのだという噂が、ネットだとかでまことしやかに語られているらしかった。
菜々子が感心したように、「高専が隠蔽したって夏油様が言ってたのにね」と美々子に話しかけた。
当時現場にいた二人と、二人から時々夏油との出会いを聞かされているあきらは、その噂話が真実だと知っている。
高専が半端な情報操作をするとは思えないし、惨劇の噂自体は少し規模が大袈裟なだけでありそうなものだから、噂の方が事実と合致しているのは偶然ではないかとあきらは思った。しかしそれならそれで、面白くはあった。
動画の声に紛れて、菜々子と美々子の解説が断片的に入る。
ここには意地悪なおばさんがいた。ここの家族は石を投げてきた。ここから突き落とされかけた。
どんどん続く酷い思い出話に、あきらの顔は怒りで歪んでいく。なのに当の本人たちと来たら苛立ちはないらしく、懐かしそうでさえあった。
「あきら、どしたの?」
むっとしたあきらに気づいたらしい菜々子が、不思議そうな顔で口を開いた。
「だって。腹立つ」
あんたたちは大丈夫なの、とあきらが聞くと、きょとんとした顔をされた。性格は違うのに、さすが双子というかなんというか、こういう時の顔はそっくりだ。
その時、うわっなんだこれ!という大きな声が、小さな端末から響いた。
『檻?』
『壊れてんぞ』
『なんだこれ……』
困惑気味の会話をよそに、二人の視線は画面に釘付けだった。檻だ。男たちの言うとおり、そこには人間でもなんでも閉じこめておけそうな大きな檻がある。上から無理矢理押し潰したように、半分ほどがぐちゃぐちゃになった檻の、残骸が。
「美々子、これあの檻だよ!」
「うん……!」
興奮気味に目を輝かせて、二人は顔を見合わせる。全く同じタイミングで立ち上がり、「夏油様に見せてくる!」と乱暴に部屋を出た。
夏油のところに出向く口実を、あきらだって逃したくはなかったから、あきらも慌てて後に続いた。
「なんでそんな楽しそうなの!」
追いついたあきらが、大きな声で尋ねると、二人はまた不思議そうな顔をする。
「あの村、嫌いじゃないの?」
「えー、嫌いだけどさ。ねえ美々子」
「うん。嫌い……」
だけど、と二人の声が重なった。
「夏油様と出会った場所だもん」
大きな襖の前にたどり着いたのは、その言葉と同時だった。二人はその扉を勢いよく開け、夏油様!と嬉しそうに声を張り上げる。
信者たちの片づいた広間で、奥に座っていた夏油が、突撃してきたあきらたちを見ておやと目を丸くした。窓から入る光に柔らかく照らされた夏油は本当の神様のようで、あきらはどうしようもなく嬉しくなる。
「こらっ!あなたたち!」
「三人揃ってどうしたんだい?」
口うるさい秘書がいつも通り眉をつり上げるのも何のその。
まだ驚いた顔をしている自分たちの神様に、三人は勢いよく駆け寄って飛びついていく。わけもわからないながら、しっかりと子供たちを受け止めて顔を綻ばせた夏油に、菜々子は手に持っていた携帯を嬉しそうに差し出した。