※学生時代
風呂に入ろうと用意をして通りがかった共用スペースのソファーを、一つ上の先輩たちが占領している。
それ自体はいつものことだが、その中の一人である五条悟が、にやにやとだらしない顔をしているのが気になった。後ろから近づいてさりげなくのぞき込むと、そこには水着姿でこちらに綺麗な笑顔を向けている、たまにテレビで見る顔がある。あきらは眉を顰めた。
写真集らしい。上機嫌の五条がいきなり寄ってきたあきらに気づいて、「んだよ」と顔を向けた。
「こんなところでいかがわしいものを見ないでください」
「見てるだけじゃん」
なあ、と近くでそれぞれくつろぐ同期たちに五条が同意を求めた。
「傑と硝子も見る?」
「いや、私はいいよ」
「あんまり好みじゃないからいい」
ちなみに後者が家入の発言だ。好みって、と夏油が苦笑した。
あっそうと頷いて、五条がまだしかめ面をしているあきらに視線を戻す。不機嫌に自分を睨む後輩をしばらく眺めると、何かに思い至ったような顔をして、にやーっと口の端を吊り上げた。警戒したあきらが目を逸らさないまま、なんですかと聞きつつ一歩下がる。
「あきらはおこちゃま体型だもんな」
「……なんですって?」
「こういうのは気に入らないわけだ」
ぷぷっとからかうように笑い、アホな先輩はあきらを見るのをやめた。やっぱ女はこうでなくっちゃなーとさっき以上に上機嫌になり、鼻歌まで歌う始末だ。あきらのこめかみにビキッと小さく青筋が立った。
そこでたまたま手元で眺めていた漫画から視線を上げた家入は、あきらがひどく冷たい目で五条を睨んだのを見た。だがそれは一瞬のことで、すぐに俯いて、あきらの顔が見えなくなる。
「……五条先輩は、そういう方が好みなんですね」
あまり感情の乗らない声で、あきらが淡々と言った。
テレビを見ていた夏油も様子のおかしさに気づいたのか、あきらの方を見つめている。気づいていないのは未だ楽しそうに写真集のページをめくっている五条ばかりだ。
「ん、まーな。ないよりある方が……」
「じゃあ」
素直に答えかけた五条の言葉の先を遮って、あきらが口を開く。
「……私なんかじゃ、駄目ですね」
「……は?」
少し間を置いて続いた言葉に、五条が目を見開いてあきらを見る。とはいえ表情を伺う前に、あきらはくるりと体を翻して、「お風呂に行ってきます」と言い残すとぱたぱた軽い足音を立てて歩き去ってしまった。
残されたのは間抜け面をしている五条と、顔を見合わせた目撃者二名である。
「なんだよアイツ……」
しばらく呆然とした後、五条はまた写真集を眺めだしたが、さっきまでの機嫌の良さはもうどこにもなかった。苛々と貧乏揺すりをしたり、眉を顰めて何か考えているようだったりと気が散りまくりだ。
終いには、ああだのううだのよくわからない声で呻くと、自分の髪をぐしゃぐしゃにかき乱して、勢いをつけて立ち上がった。写真集は放り捨てている。
「……」
「風呂行ったら殺すからね」
歩きだそうとした方向を見た家入が釘を刺す。沈黙の後、いかねーよ、と追いかける気満々だった五条は言った。
「どこ行くの」
「……部屋戻る」
頭を掻きながら、五条は言葉の通り自室の方向に向かって歩き出した。
「……硝子」
「ん〜?」
「あきらって、悟のことが好きなのかい」
どういうつもりか置き去りにされた写真集を手にとって開きながら、「違うんじゃない」と家入は答えた。
「わざとらしかったし。演技だよ演技」
「…………」
「馬鹿にされて腹立ったんでしょ」
「……なるほど」
やっぱもうちょっと痩せてる方がよくない?と同意を求めてくる家入に、そうかもねと適当に頷きながら、今頃部屋でぐるぐる考え込んでいるだろう親友のことを、夏油は考えていた。