「猪野〜!」
あきらが酔っぱらっている。
どれだけ飲んだのかはわからないが、家にちゃんと帰ってこれたのが不思議なくらい酔っぱらっている。なんで自分の家に猪野がいるのかと、当然の疑問も出ないくらいだ。
「と、とりあえず、水」
「ん〜?」
「水飲みましょ、ね!あきらサン!」
「ん〜」
コップを差し出してみたはいいものの酔いのせいかあきらの口元が緩んでいて、唇の端から飲みきれなかった水が伝い、服の中に消えたりしていくのがなんだか目に毒だった。
本当はちょっとこのままベッドになだれ込みたいとかそういう若い気持ちもないことはないのだが、相手は酔っぱらいだしこっちは素面だしとなんとか踏みとどまっている。頑張れ猪野琢真。七海サンならこんな時どうするかを考えるんだ、とひたすら自分に言い聞かせていた。そんな猪野の手を、頬の火照ったあきらが取る。
「んん〜」
「ど、どうかしました?」
「爪塗ったげる」
「なんでそうなんの?」
思わず突っ込んだがあきらは気にした様子もない。ごそごそとその辺の引き出しを漁ると、血のような赤いマニキュアの瓶を取ってきて猪野の前に座り直す。
「待ってあきらサン、せめて黒!黒で!」
「やだ」
「あ〜!」
「動くなはみでる」
動かなくてもはみ出ている。
結局両手十本しっかり塗り終えると、あきらは瓶を机の上に置いて、「寝る」と宣言した。本当に酔っぱらいだ。何がしたいのかわからない。
ベッドに丸まったあきらはくうくうと気持ちよさそうに眠り始めた。
「どうすんのこれ……」
まだいまいち乾いていなさそうな、赤く塗られた自分の爪を見つめ、眉尻を思いっきり下げて、猪野は呆然と呟いた。