──勝てない。
体術も呪力操作もあきらの及ぶようなものではない。術式を使って戦っている自分と違って、彼女はその能力の一端すらまだ見せていないのだ。
弱肉強食、跳梁跋扈の呪詛師界隈の中を生き抜いてきたあきらは結構見る目がある。実力差ははっきりとわかっていた。
「ぐっ……!」
大斧の一撃を辛うじて受けて、体勢を崩したところで足を掬われる。無様に転けきるのを待たず腹に一撃。息が止まった直後、壁に打ち付けられ、多分肋が何本か折れた。
呻いたあきらの額に、派手な凶器が突きつけられる。
「ここまでかな」
そう言った女性がどんな表情をしているのかは、長く前に垂らされた髪のせいで見えなかった。目も霞んでいる。さて、と女性が一旦武器を引く。それはあきらを見逃したからではない。最後の一撃を加えるためだと理解したあきらの口が、咄嗟に思いも寄らないことを口走った。
「見逃してもらえませんか!」
「ん?」
ぴたり、とあきらの頭をかち割る寸前で動きが止まる。
自分が何を言ったのか、あきら自身もよくわかっていなかった。けれどこの突拍子もない言葉のおかげで、寿命が一秒延びている。あとはやけくそだ。
「お、お金なら、払います」
「…………」
落ちた沈黙に、しまった間違えたとあきらは思った。
金銭を理由とせず仕事をしている人間はそれなりにいるのだ。呪詛師ではなく、呪術師を名乗る連中なら尚更だった。
そういった人間は大抵、金で自分の矜持をねじ曲げようとする、今のあきらのような人間を蛇蝎のごとく嫌っている。
「…………」
脂汗が吹き出た。どくどくと心臓が脈打つのを聞きながら、あきらは彼女の審判を静かに待った。
「へえ」
面白がったような声が聞こえ、あきらは初めて顔を上げた。光を背にして、こちらを見下ろす強者を見つめる。
「なかなか面白い。私のことを知ってたのかな?」
そう言ってくすくすと笑う。大斧を片手で軽々と突きつけたまま、その人はにっこりと微笑んだ。
いえ、と怪訝そうにあきらが答えると、ますますにいっと口の端を吊り上げる。
「じゃあ勘がいいんだね」
「え?」
「フフッ……そうだな」
──答えは、金額次第だよ。
突然差し込んだ光明に、あきらは目を見開いた。
呪詛師のあきらと、これから事あるごとにあきらの貯金を吸い上げていく一級術師冥冥との、これが縁の始まりだった。