※学生時代
いきなり現れた五条に「好きだ」と言われても、あきらは慌てたりしなかった。少し目を見開いたのち、周囲の気配を探り、少し遠くに潜んでいる二つの気配を見つける。そもそもあまり隠れる気もないようで、黒い頭が二つ塀の影から飛び出しているのがちょっと見えていて、呆れたように半目になった。
そのまま目の前の五条を見るとムッと怒っているような顔をされたから、気づいていないわけではないのだろう。頑張って無視しているのだ。
「あの」
「返事」
何のつもりなのか聞こうとしたのだが、とりつく島もない。
「…………」
こういう悪戯は趣味が悪いよな、と思う。
よくあるやつだ。
何かの罰ゲームで特に何も思ってないやつに告白する。相手が乗ってきて顔でも赤らめようならしめたもの、へへーん嘘でしたあとネタバラシをして相手の心に傷を負わせるのだ。
真面目に人としてどうかと思う。十代も後半になってやめてほしい。普通はやらないだろう。
だがこの先輩達ならやりかねないのだということを、後輩として過ごした少しの間であきらは理解している。暇を持て余した一学年上より厄介なものは、呪術高専にはちょっとない。
「返事っつってんだけど」
イライラし始めた様子の五条が、あきらを見下ろして言った。
「……五条先輩、私のこと好きなんですか?今私、付き合おうって言われてるんですか?」
尋ねると舌打ちをして「さっき言っただろ」と返した。とてもそうとは思えない態度だから確かめたのだということをわかってくれない。
「…………」
落ち着きのない五条を目の前にして、あきらは考える。
どうしたらいいだろう。
多分これは乗って、先輩方が面白がれるような反応をするのが正解だ。
顔を赤くして私も好きですとかなんとか言えば、途端に機嫌を直した五条はニヤッと笑うだろうし、あとの二人はドッキリ大成功なんて看板さえ持って飛び出してくるかもしれない。逆に「冗談やめてくださいよ」と本心を言えば、白けたとかつまらないとかかわいげがないとか理不尽に詰られて稽古という名の憂さ晴らしもしくは暇潰しタイムが始まるに違いない。
どっちも正直嫌だ。
でもなにかしらの手段を選ばないといけないのであれば、ほどほどに自分の心を守り、ほどほどに先輩達が楽しめるであろう選択をするべきだった。
自分ができる後輩すぎて泣きそうだ。
「……先輩」
じっと、高い位置にある五条の顔を見上げた。五条は何故かぐっと唇を噛みしめて、あきらの返事を待っている。
「あの、ありがとうございます。嬉しいです」
「……あっそ」
「でも私、あんまりよくわからないので、その……」
眉間に皺を寄せたまま、言葉の先を待つ先輩相手に、あきらは困ったような顔を浮かべた。
「お試しじゃ駄目ですか」
眉尻を下げた。演技は完璧だ。
ちゃんと信じてお礼を言う。その上で自分の疎さを訴える。お試しを強調する。この後ドッキリだとバラされたところで、五条のことを好きともなんとも答えていないのだから、あきらの心に傷は付かない。仕掛ける側としては面白くはないだろうが、純真さ故であれば文句も言えまい。
案の定五条は目を見開いて、それからニッと楽しげに笑った。
ん?
「いいよ」
んん?とあきらは首を傾げた。ちょっと思っていた反応と違う。
「あれ、えっと」
「じゃあ今日からしばらくお試しな」
言い掛けた言葉は耳に入っていないようで、五条は大きな手で、あきらの手を取った。ぎゅうと握られた手を見ながら更にあきらが首を傾げた。
「えっと五条先輩?」
「とりあえずこのまま散歩行くぞ!」
「ええ?」
掴んだ手を少し強引に引っ張って、五条が早足で歩き出す。どういうことなんだこれは何が起こっているんだと一人パニックのようになっているあきらの視界の端に、テンション高くハイタッチをしている遠くの二人の姿が、一瞬だけちらついた。