Skip to content

ごじょうさとる(10)と師匠

五条のお屋敷には、広いだけの和室があって、二週間に一度あきらはそこで五条悟と向き合うことになっている。
いつも付けさせられている白い目隠し布を取り去って、お行儀よく正座をする十かそこらの少年に向かい、あきらは特に重くもない口を開いた。

「悟、よくやった。私が教えられることはもう何もない」

ぱちくりと、その特別な目を数回瞬かせてから、悟がキッとあきらを睨みつけた。

「ふざけないでよ、あきら」
「ふざけてないよーん」

幼子相手に子どものように、軽薄に返した後、あきらは正座を崩してその場にぱたりと倒れてみせた。憤慨して膝立ちでにじりよってくる悟が背中をバシバシと叩くので、うーんと言って身をよじる。

「眠いだけでしょ!」

そんな風に確信までつかれるので、ばれたか、と内心で舌を出した。

疲れているのだ。
この春に晴れて高専を卒業してから、呪術師として各地を飛び回り呪いを祓う日々が続いていた。
呪術師は常に人手不足だし、性質上、楽な現場なんてものはひとつもない。学生時代は守られていたんだなと、今になって実感している。
肉体的にも精神的にも疲れているというというのに、お偉いさんの命令には逆らえず、こうして定期的に生意気な子供のお守り、……というか、師匠の真似事までしているのだった。

「あきら!」

――そう、師匠。
あきらを揺り起こすことに必死なこの子供の師匠である。

古い血筋に莫大な呪力、そして唯一無二の特別な目を持って生まれてきた五条悟という子供と、ほぼ突然変異のような形で呪術師になり、平凡の範疇の呪力と容姿とを持つあきらは、何の縁か同じ術式をその身に宿しているのだ。
無下限呪術――古くから知られる術式としては、最高峰とも言われるそれ。
きっとどこかで血でも繋がっていたのだろう。

ただその身に刻まれているというだけではなく、何の因果か、不完全とはいえあきらはそれを感覚的に扱うことができたから、この師匠という地位を得た。
他の誰もできないことらしいので、他の誰かに悟を任せることもできない。

「あきら、……」

初めて弟子と引き合わされた時の、生意気な様子などを思い出しながら疲れた体を休めていたあきらだったが、ふと非難がましく自分を呼んでいた声が随分小さくなったことに気がついた。

肩越しに振り向いて様子を見ると、悟が大きな目に、涙をいっぱいに溜めている。

「うおっ、何で泣くの」
「泣いてない」

さすがに慌てて起きあがり、悟の頭をよしよしと撫でてみた。
泣いてないと言ったくせに、大きな両目からはぼろぼろとどんどん涙が零れ、終いには嗚咽まで聞こえだしたから、あきらは焦った。

「もっとまじめにやってよ」

悟が泣きながらあきらを詰る。あきらはうーんと唸ってごまかした。

「大人のくせに」
「いやー、だって、」

――ほんとに教えること、ないんだって。

現時点、自分よりももっと才能があり、多分無下限呪術もほぼ完璧に扱えるようになっているはずの弟子を慰めながら、あきらは胸中でごちる。
師匠と言っても、弟子に勝るところなどあきらにはひとつもなかった。当然だ、あきらはどう贔屓目に見ても、普通の域を出ない呪術師だ。
悟だってわかっていないはずがない。それでも、二週間に一度のこの時間を、ほぼ唯一の外との関わりを、半ば幽閉にも近い状態で暮らしている少年は、手放そうとしないのだ。

「悟」
「…………なに」
「今日はなにも持ってきてないけど、次はトランプしよっか」
「トランプ?」

ゲームだよ、と言ってやる。
あきらが教えてあげられるものなんて、それくらいしか思いつかなかった。しかも二人でやったって、大して楽しくないだろう。
だけど、いつか悟にも、友達がたくさんできるかもしれないし。そんなもしもの時のために。

「……次も、ちゃんと来る?」
「うん」

しっかり頷いてやると、悟が途端に機嫌をよくして、あきらに飛びついてくる。悟にとって、本当に自分の代わりはいないんだなあと、あきらは少し悲しくなった。