待機室をもう一つ増やしてほしい。
「七海、そこの目隠しバカに足が邪魔なんだよカス机にのせんなって伝えて」
「……」
「七海ィー、そこの強情バカにオマエと違って足が長すぎちゃってすみませぇんって伝えろ」
「七海、あんたより足が長い七海でも邪魔になってないでしょってそこの不審者に」
「七海ィ、誰が七海より足が短いだって?ってそこのバカに」
「…………二人とも」
待機室をもう一つ、いや欲を言うならもう二つ増やしてほしい。
そうすれば初めからこの二人の気配がない方を使う。こんな事態は絶対に避けられたはずだ。
七海は心底そう思いながら読んでいた新聞を閉じて額を手で押さえた。大きく溜息を吐く。
向かいにだらりと座っている五条、隣の一人掛けのソファーに座っているあきらが揃ってこちらを見た。何七海疲れてんの、と言ったのは五条である。
「今疲れました」
「バカな先輩と一緒にいるとそりゃ疲れるよね」
「まあそうだよな、隣に面倒なやつ座ってるしな」
「正面にの間違いでしょ?」
「んだとコラ」
「やめてください」
始まりそうだった喧嘩を収めた。
なぜこんなことをしなければいけないのだろうか。これなら残業でも何でもしていた方がよっぽどマシである。
入ってきた時からこうだった。
待機室の扉を開け、やけに人がいないと思ったら空気がひりついていて、あきらと五条が無言で座っていたのだ。
特級と一級、術師としては頂点に近い二人が、全力で痴話喧嘩をしているのだからそれは居心地が悪いだろう。待機の術師が見あたらないわけを七海は察した。
すぐ踵を返そうとしたが、おっ七海じゃんと見つかってしまってはUターンすることもできない。仕方なく二人から離れたソファーに座ったはずなのに、場所を移してまで二人は七海のそばでいがみ合いをしている。
自分が何をしたんだと七海は思う。
「……五条さん、高遠さん」
ああ?とガラ悪くこちらを睨んだ二人に向かって、七海は言った。
「いい加減にしてください。喧嘩をするならお二人で、誰にも迷惑がかからない外でどうぞ」
もっともな言い分だった。ここにいない術師たちも、補助監督も学生も聞いたら後押しをしてくれるに違いない。
ハーと大きな溜息とともに吐き出された正論に、先輩二人はやっと冷静になったのか、揃って顔を背けた。視線を逸らしている。
「……別に喧嘩なんかしてねーよ」
と苦し紛れの一言が聞こえたが、まあこれでどうにかなるだろう。
席を立っても引き留められる雰囲気はない。
「伊地知君が来たら電話をくれるよう言っておいてください」
「……はーい」
気まずそうなあきらの返事を聞くと、七海は扉へと向かって歩き出した。
「……いい加減謝りなさいよ」
「はあ?どっちが?」
「あんたねぇ……」
やっと直接交わされるようになったやりとりを後ろに聞きながら、七海はもう一度、待機室を増やしてほしい、と思った。