殺すにしろ生かして見張るにしろ封じるにしろ、上が下すのは結局裁定のみだ。実行は末端に丸投げで、実際は指一本動かすこともないというのに、一体あの爺どもはなぜあそこまで臆病なのかとあきらは思う。
──どうせ自分の安全だけは確保しているくせに。一般人が何万人死のうが、なんとも思っていないくせに。
苦々しく思いながら、目の前の扉を睨み付ける。
この向こうには、少年が一人。
それからそれを呪う、強大な呪いが一体。
部屋に施された封印の呪術など彼らにとってはあってないようなもので、けれどそれが未だ破られていないのは、偏にあの女児のような振る舞いをする呪いの気まぐれによるものだった。
大した理由なんかない。だからいつ破られても、いつ殺されても不思議ではない。それがわかっているからこそ、あきらはずっと緊迫している。
「様子どう?」
ふと現れた気配に目を向けると、そこには目を白い包帯で隠した白髪の男がいる。こっそりと体の力を抜いたあきらが向き直り、「五条さん」と呼んだ。男を見上げて、お疲れさまです、と続ける。
「僕が来てホッとした?」
「してません」
即答すると、五条はくつくつ喉で笑った。まるっきりバレている。
それを無視してあきらは口を開いた。
「……特に変わった様子はありません。あまり食欲はないようですけど」
「そう」
「あと」
少し前にナイフを要求されました、とあきらは事も無げに言った。
「ナイフ?」
訝しげに聞き返す五条に頷く。
「どうやら死のうとしたようです」
「はぁ、結構重症だねえ。渡したの?」
「ええ」
自死の危険はあったが、まああの呪霊がそんなことを許すはずがないだろうという判断だ。少年の望みが叶わないことで暴れ出す可能性の方が高かったから、あきらに拒否の選択肢はなかった。それに万が一死んだところで、と考えて、止める。頭を切り替えた。
何か考え込んでいる様子の五条にそれより、と切り出した。
「どうなったんですか」
「ん?何が?」
「……何かお話があったんでしょう」
「ああ、そうそう」
思い出したように手を打った。にぱっと子供のような笑みを浮かべて、「高専で預かることになったんだよ。言ってなかったっけ」と告げる。
言われてない。決まっていたならもっと早く言ってほしい。あきらの非難じみた視線を物ともせず、五条は上機嫌に言った。
「これで晴れて僕の生徒だ」
「……そうですか」
あきらはすっと身を引いた。胸の前で印を組み、意味がないとわかりながら張り巡らせていた封印の術式を解く。
五条が扉に手を掛けた。
押し開けられた扉の向こうには、ぽつぽつと火が灯っている。奥に座る少年の影から、あきらはそっと目を逸らした。