「──三十年ほど前、一度お祓いをお願いしたことがあったんです」
向かいに座る壮年の男性が力なく語り出した。それを無視し、出された茶菓子を口に放り込んでいる主の背中を一瞥し、少し後ろに控えていたあきらは代わりに愛想の良い微笑みを浮かべて、「お祓いをですか?」と言葉を挟む。
男性はこちらを気にする余裕もないようだ。ええ、と頷きながらも、彼の視線は机の木目から動く様子がない。
「祖父が知人の伝手を辿って、探してきた祈祷師でした。彼らはあの山に入って……そして」
ウッと口を押さえた。顔が青い。ガタガタと震える肩を、あきらは冷めた目で見つめる。
少しして落ち着いたのか、彼はぽつりと言った。
「誰も帰ってきませんでした。そして数日も経たないうちに、父と姉が亡くなった」
ばっと顔を上げる。
「今回も二の舞になるのではないかと心配しています。本当に、本当に大丈夫なんでしょうか」
懇願のような調子で叫ばれるそれと共に、彼は縋るような目で主を見た。見られた方はと言えば、呑気にお茶を啜り、軽い音を立てて机に湯呑みを置く。
「なんも心配いりません。ご安心を」
きっと主──禪院直哉は、笑っているのだろうとあきらは思った。
「あのオッサン、話長すぎやろ」
さっきまでの愛想をすっかり引っ込めた直哉が、苛立たしげに山道を行く。その後を数歩遅れてあきらが歩く。辺りには濃い呪いの気配が漂っていて、これがきっと先程の依頼主の恐怖の正体だろう。それなりだなとあきらは思う。
「三流が失敗して死んだからなんやっちゅうねん。最初からうちに依頼してたらよかったんに、ケチったアホが悪い。俺らには関係ないやんな?」
まだ見てもいない呪いに対して、自分より弱いと決めつける。祓えなかった術師を三流と断言する。自分には全く関係ないと言い切った。
傲慢はいつものことだ。そしてそれが強ち外れてもいないから、たちが悪い。
反応のないあきらを振り返って直哉がなあ?と聞いてくる。あきらはため息をついた。
「……あの方にはわからないことですから」
望まれていそうな答えを返すと、にいと笑ってまた前を向く。ざくざくと土や木の根を踏む音がした。