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戯れなりや/tkrb(三日月宗近)

名が知りたい、と三日月を瞳に宿した男は言った。
おとなしく茶を飲んでいたと思ったらいきなりなんだというのだ。
年古しものどもはいずれも一筋縄でいかぬものが多いが、その中でもこの男は飛び抜けている。何を考えているのかわからない。
じっと呆れた眼差しを向けたら柔らかい微笑みが返った。

「何の話だ」
「主の、名が知りたいという話だよ。いつまでも主では会話も味気なかろう」
「……あのなあ」

真名は決して教えるな、というのが、ここにやられる前に言われた注意の一つだ。
名とは弱みだ、この世に生まれ落ちる人間を、最初に縛りつける呪いだ。力あるものに知られては、ならぬ。
付喪神とはいえ、仮にも神といわれる者を人の身で使役するのだ。私たちは決して対等ではない。本来頭を垂れて仕えるべきは私の方である。その当たり前を覆してここにいる。
術による均衡は、きっと少しのきっかけで崩れ、跡形もなく私を食らうだろう。
だから最初からみんなには、己のことは主と呼ぶようにと言ってある。主、主様、主殿、ぬしさま。不都合は、ないはずだ。

こちらの言いたいことはわかっているらしい三日月が、それでも言葉を重ねた。

「嘘でもいいぞ」
「はあ?」
「本当の名でなくともいい。主が呼ばれたい名を教えてくれたらいい」
「……ならもう三日月が適当に決めて呼べばいいだろう。返事はするよ」
「それは嫌だ」
「なんで」

間が空く。三日月が湯飲みを持ち上げて、茶を啜った。頭の飾りが音も立てずに揺れる。

「……俺が決めた名では、どんなものであれ、そなたを指すには足らぬような気がするのだ」

ゆっくりと目を閉じた。閉じるより長く時間をかけて開いた目が、私を見据える。思わずたじろいでしまって、その失敗をごまかすように、目を逸らした。

「……考えておく」
「ありがたい。では楽しみに待つとしよう」

適当な名をつけようと思った。どんなに呼ばれても、決して動じないように。
私の心を知っているのかいないのか──目前の神は、ことりと首を傾げてみせた。