山姥切国広が耳にしたのははあ、という大きなため息であり、視界は彼自身が被った布で遮られているから、主である彼女がどんな顔をしていたのかはわからない。ただ察するに、呆れた顔をしていたのだとは思う。そう思えば、余計に見たいものではなくて、部屋の隅に縮こまったその体を一段と小さくした。
「山姥が嫌なら──」
低くも高くもない、落ち着いた声を、布越しに聞いた。
「私でも斬るか」
「……どうしてそうなる」
「私なりに考えたんだ。お前に何ができるかと」
声の位置が下がる。きっとすぐそばに座ったのだろう。
「難儀なことだね。お前が不満なのは己のありようなんだから、私が何を言っても無駄なんだろう」
「……」
「お前を喚びだし、体を与えたのは私の都合だ。かわいそうなことをしたのかな、と思っている」
どうだ、私を斬れば審神者切とでも呼ばれるのじゃないか、と馬鹿げたことを言った。もちろんそんなことはできるはずがないし、したいとも思わない。
「……あんたなど斬らない」
「そうか。まあ今更人なんて斬ったところで、君らにとっては特別も何もないものな」
はは、と少し笑った。
声が切れ、しばしその場に沈黙が落ちる。
被る布の端に力が込められたのに、山姥切は気づきながらも、抵抗はしなかった。
ゆっくりと布が落ちる。ずいぶん久しぶりに、視界が晴れた。
女の顔を間近で見るのは、いつぶりだったか。
「……何をしてやったらいいんだろう」
答えはどちらも持っていない。無言のまま、視線を畳に落とせば、のびてきた手のひらが遠慮がちに髪を梳く。
女の顔に、普段のにこやかな表情はなかった。
目を閉じる。胸の隙間が埋まったような、歪んだ満足感を、こっそりと刀は抱いた。