朝、もう家を出るぞというときに玄関のインターホンが鳴らされ、確認もしないでドアを開けたら真太郎がいた。後ろには高尾を従えている。二人そろってどうしたんだと顔を見上げたら目を逸らして、今日はオレの側にいるのだよ、と言った。真太郎は変人で思考もなかなかぶっとんでいるけれど、こうして妙な行動をするのは大抵がおは朝のお告げによるものである。きっとラッキーパーソンが幼なじみとかそんなんだったのだろう。
もう随分と長い付き合いになるから、こういったよくわからない主張や事態にはある程度慣れている。しかし高校から始まった習慣であるリヤカーに乗っての登校の奇妙さにはまだ慣れていないので、高尾の自転車の後ろにつながれているそれへの同乗は拒否し、私は高尾が必死に漕ぐそれの速度に合わせて、できるだけ真太郎から離れないように注意しながら横を歩いた。79キロと少しを引くのは容易ではないらしく、速度は私が歩くよりもちょっとのんびりしている。
「……おっそい」
「仕方ないだろう。こういうものだ」
「真太郎が降りればいいんじゃない?」
「断る」
「真ちゃん! 信号!」
汗だくの高尾がふっと後ろを振り返って叫んだ。真太郎は一度鼻を鳴らし、左手を出す。さいしょはぐー、じゃんけんぽん。当然のように負けた高尾がギャーッと悲鳴を上げ、また前を向いてペダルを踏んだ。のろのろとリヤカーが進む。
学校にたどり着いて、自分の足でちゃんと歩きだした真太郎は本当に私を側から離さなかった。教室の座席もなんのその、遠く離れていたはずの私の机は真太郎の机の横にくっつけられている。
クラスメイトや担任は、二人並んで座る私たちを見て一瞬ぎょっとし、そして何も見なかったふりをする。真太郎の奇行はそういうものと受け入れられつつあるけれども、まだみんな高尾みたいに笑い飛ばせるような域には達していないし、私のように日常のこととして受け流すこともできないのだ。
奇妙な状態のまま、授業はひとつずつ終わっていった。三時間目を終えたところで、真太郎が言いづらそうに口を開く。
「……トイレにいきたいのだよ」
「うん」
「……ついてこい」
「……いやいや。さすがに」
「ついてくるのだよ」
腕をつかまれて無理矢理立たされた。男子トイレまでついて行けと!?
イヤだイヤだと必死の抵抗を続ける私に気づいて、高尾がこっちにやってきた。さすがホークアイである。かっこいい。それでもやっぱり男子トイレの前まで引きずられ、真太郎はそこでやっと手を離した。
中まで連れていかれなくてよかったと安心したのもつかの間、トイレに入りかけていた真太郎がこっちを振り返る。
「……なに」
「すぐに戻る。ちゃんと待っていろ。動くなよ」
「私は真太郎くんの子どもかなにかですか?」
「高尾、しっかり見ていろ」
「おー」
「おいコラ!」
なんだかあまりの扱いに腹が立ってきて、一言文句でも言ってやりたくなった。しかし私の不機嫌など意にも介さず、幼なじみ様はトイレへと入っていく。
「何だアイツ……」
「まーまー」
高尾が困ったような笑顔で、どうどう、と宥めてくる。
「……これもしかして私がトイレに行くときもこうなの? 女子トイレの前で仏頂面の195センチの野郎が待ってるの?」
「その時はまたオレ付いてくっから」
「あんま変わんないよ! ただでさえ変だって言われてるのにバカじゃないの! ……つーかトイレ行くとき真太郎に言わないといけないわけ!? これ完全にセクハラじゃん、セクハラだ!」
トイレに行きたくなったことを幼なじみの男子に報告して、さらにトイレの前まで付いてこられるとか、一体どんな拷問だ。年頃の女子としてあまりに恥ずかしい。奇行に慣れていると言っても、羞恥とくればまた勝手が違う。
憤慨している私を見て高尾がポリポリと頬をかいた。
「……高遠ってさー、おは朝見てないんだよな」
「見ないよ。占いなんか信じてないし」
「まあ、オレも信じてはねーけど。でも緑間がホラ、あんなだからさ、チェックはするようにしてんだよね」
「相棒って大変だね」
「だろー? んでさ、今日のかに座なぁ、順位は二位だし、ラッキーアイテムはメガネなの」
「え?」
試合がない日に二位なら何の問題もない。その上眼鏡なんて、真太郎が常につけているものだ。なんだそれ。私別にいらないじゃないか。
ぽかんと口が開いた。
「さてじゃあここで、高尾ちゃんから問題でーす! 今日の運勢サイアクで、ラッキーパーソンが幼なじみなヤツって、一体誰のことなんだろーな?」