思えばあれがだめだった。担任の先生に資料室の整理を頼まれて、別に今日暇だしいいよーと答えたことがだめだったのだ。資料室は案外荒れていたから結構重労働だったし、ようやくきれいになった頃にはもう辺りは真っ暗である。もう部活動もちらほら終わりだすような時間で、先生に見送られてやってきた学校の自転車置き場には誰もおらず閑散としていた。
ポツンと置いてある数台の自転車のうち一つが私のものだった。数分前の私はそれに近づいて、のっそりとポケットから鍵を取り出し、そこで手を滑らせたのである。
「……ない……」
キーホルダーの一つも付いていない私の鍵は、コンクリートのねずみ色に紛れて全然見つからない。青みがかったライトが申し訳程度に辺りを照らしていたけれども、捜し物の助けになるほどではない。その場にしゃがみこみ、携帯を開いて地面を照らしてみるが、鍵はそれでも見つからない。もしかしたら落ちた拍子に、変なところに跳ねてしまったのかもしれなかった。
これはもう諦めて明日探した方が賢いのだろうか。
しかし朝になったら生徒が押し寄せるこの場所では、それはそれで探しにくいし、もしかしたら誰か蹴ってしまって、もっと見つかりにくいところに跳んでしまうかもしれない。
二択を前についうーんと唸る。
「……高遠?」
「ん?」
声をかけられて振り返ると高尾がいた。今まで部活だったのだろう、大きなスポーツバッグを持っている。
「高尾か。お疲れ。一人って珍しいね」
「おー。今日は真ちゃん家の用事で帰ったからさ」
「そっか」
「高遠は何してんの?」
「鍵探してんの」
「鍵?」
「自転車の。落としちゃって」
へー、と納得した風の高尾が頷いた。私はいつの間にか真っ暗になっていた携帯のボタンを押して、また地面を地道に照らした。
高尾は何故か去ろうとはせずに、ただ少し距離をつめ、私の背後に立った。
「どれくらいそうしてんの」
「うーん、わかんない」
「諦めたら?」
「ちょっと迷ってるとこ……」
でもさすがに、この時間に歩いて家まで帰るのは嫌だった。数日前に不審者の噂を聞いたのでなおさらである。運動があまり得意でない私としては、逃走手段がないというのはなんだか怖い。
「……なー高遠」
「うん?」
「今日はオレが家まで送ってやるからさ、明日探せよ」
「え」
「今日、リアカーねえし。後ろ乗ればいいじゃん」
もう一度高尾の顔を見上げたら、とても自然に笑っていた。迷惑とかそんなものをひとかけらも感じないそれに甘えかけて、そういえば高尾が毎朝私とは反対の道から学校にやってくることを思い出した。
登校に変な手段を用いている高尾(というか緑間)は目立つからよく覚えている。
「……いや、やっぱりいい。ありがとう」
「えー」
「明日も学校なんだし、ただでさえ部活で疲れてるんだから、早く家帰って休みなよ。私はなんとか見つけて帰る」
「……そっか。まあそうだよな」
また地面を照らす作業に戻る私に、高尾はあーあと残念そうに呟いた。そして数歩歩き、私の少し前で屈んで、すぐ立ち上がる。
「はい」
戻ってきた高尾が差し出してきたのは紛れもなく私の自転車の鍵であった。
「わ、わー!!」
「気をつけて帰れよー。また明日な」
「うん! ありがとう!! すごい、これも鷹の目ってやつ!?」
「まーな」
「すごい! 知ってたみたい!」
素直にほめたたえる私に、高尾はいつも教室で見るのと同じいたずらっぽい笑顔を向けた。
「知ってたからな」