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パンダのはなし

パンダの過ごす小さな子供部屋に、あきらはことあるごとにやってくる。
時にはおもちゃのたくさん入った袋を携えて、来たよなんて笑う。パンダを抱き上げて幸せそうに頬ずりをしたりする。
あんまり頻度が高いので、もしかして暇なのかと思うが、そんなわけはない。呪術師は忙しいのだ。ただでさえ人材不足が叫ばれるこの業界で、暇にしているわけがない。
だからパンダのところに頻繁に顔を出すのは、偏に彼女が努力して時間を作っているせいなのだった。
どうしてそこまでするのか、とパンダは少し不思議に思っている。

「今日はねー、絵本読もうか」

あきらはそう言って、ちょっと力が抜けてくたりとしているパンダの体を抱え上げ、自分の膝の上に座らせた。
パンダの目の前でその辺から出してきた絵本を開き、満足そうに微笑む。
開かれている絵本には川を流れる桃の絵が描かれている。
桃太郎だ。

「昔々、あるところに、おじいさんとおばあさんがおりました」
「…………」

あきらが楽しそうな声で絵本に書かれているひらがなを読み上げる。パンダはそれをじっとして聞いた。

「おじいさんは山へ芝刈りに。おばあさんは」
「川へ洗濯に」
「……うん?」

突然先を読み上げたパンダに、あきらは不思議そうに首を傾げた。なんで読めるの?と尋ねられて、パンダは答える。

「こないだ読んだぞ」
「えっ、そうだっけ?」
「あと字も覚えた」

壁に貼ってある、ひらがなの一覧表に視線を向けると、あきらもそれを追いかけた。
あれもあきらが持ってきたものだ。ゆっくり覚えたらいいよーと、にこにこ笑ってそこに貼ったのは他でもない彼女である。

「カタカナと、あと簡単な漢字も読めるぞ。書けないけど」
「…………」

そう言って見上げると、あきらはパンダを見て目を丸くしていた。存外賢くて驚いたらしい。
パンダは気を良くして笑った。いつも普通の幼児相手のような扱いをしてくるあきらに、なんだかなーという思いがちょっとだけあったから、見返したような気になったのだ。あきらが嫌だったとか、そんなのではないのだが。

「…………」

あきらはしばらく沈黙した。

沈黙していたと思ったら、うわあだかうおおだかよくわからない声を上げて、パンダの脇の下を掴んだ。
突然の奇行に固まるパンダをよそに、そのまま後ろに倒れ込み、ごろんと寝転がる。

「よいしょ」
「……何がしたいんだ」
「んー」

あっという間に幼児を寝かしつける時のような格好になり、あきらはぽんぽんと優しくパンダの体を叩いた。にやっと笑って「むかしむかしあるところに」と話し始める。

「だから読み聞かせはいいって」
「ちいさなパンダがおりました」
「…………」

断ろうとしたパンダを遮って、あきらは続けた。

「パンダは頼りがいのあるお父さんと、強いおにいちゃん、それから優しいおねえちゃんと楽しく暮らしていました」

即興の、適当な作り話だ。
大きくなったパンダは学校に入って(どんな学校だ)、三人のかけがえのない仲間たち(犬猿雉らしい、完璧に桃太郎の影響である)を得、時に剣を持って(どうやって持つのだ)悪と戦うらしい。
突っ込みどころだらけの、出来の悪い話だったが、話し手のあきらに妙に力が入っていたので、退屈はしなかった。時に拳を突き上げてまで語るあきらの話に、パンダはいつの間にか聞き入っていた。

数々の冒険を経て宝物を手に入れたパンダは、家に戻り、仲間たちといつまでも楽しく幸せに暮らしたのだという。
めでたしめでたし。

「…………変なの」

決まり文句で話を強引に終わらせ、あきらはふふんと笑った。
面白かったでしょ、と自信満々にパンダを見ていた。

「いつか本当になるかもね」

そんな夢みたいなことを言って、あきらがいたずらっぽく微笑む。パンダは少し言葉に詰まったが、なんとか呆れたような声で答えた。

「……そんなわけないじゃん」
「どうかな~」
「…………」

んふふ、と妙な笑い方をしたあきらが、パンダの毛皮をくちゃくちゃに撫で回してくる。
不思議と言い返せなかったのが悔しくて、パンダはなんとなくカーッと牙を剥き、まだ短いちいさな手足をバタバタ動かした。もちろんあきらは怯まなかったから、文字通り無駄な抵抗、というやつだった。