※学生時代
部屋に戻る途中、寮の共用スペースに顔を出した五条が、あきらに向かって飲み掛けのジュースを差し出した。
「あげる」
「なんで」
「あんまり甘くなかった」
短いやりとりの後、あきらはふうんと頷いて紙パックを受け取った。五条はそのまま去っていき、残ったあきらは携帯をいじりながら、まるで最初から自分のものだったかのようにストローに口をつけている。躊躇った様子がない。
「……前から気になっていたんですが」
あきらの向かいで雑誌を開き、やりとりを聞いていた七海が口を開いた。ん、と視線が寄越されたのがわかって顔を上げる。
「何?」
「五条さんと付き合ってるんですか」
「ハア?」
あきらが思いっきり眉を顰めて、訝しげな顔をしている。何でよと聞かれたから、七海はそう思えるやり取りをしているのでとあきらが右手に持つ紙パックを見つめた。得心がいったらしいあきらが、ああ、と相槌を打った。
「付き合ってないよ」
「……」
「家族みたいなもんだから、アイツ。ていうか親戚」
初耳である。
「あれ?そうだっけ。私の母様、五条の家の出なんだよ」
かあさま、と随分時代錯誤な呼称を、あきらは当然のように使っている。そんなところになんとなく隔たりのようなものを感じながら、七海はそうなんですかと返した。
「一応許嫁だしね」
「………………」
爆弾発言をかましたことには気づかない様子で、あきらがずずっと音を立ててジュースを飲んだ。不意打ちを喰らって黙り込んだ七海を、不思議そうな目で見ている。
「なに、どしたの」
「………………それはやはり付き合っているのでは?」
「えー、ないない」
七海の気も知らず、あははと明るく笑って手を振った。
眉を顰めて黙っている後輩の様子に気づいた様子もなく、得意げに付け加える。
「婚約なんか卒業したらぶっ壊すから!」
「…………」
「そのために高専来たんだし」
悟とも話はついてると、あきらはほくそ笑んでいる。婚約をぶち壊すために高専に来る、という思考の流れはいまいち七海には理解できなかったが、あきらにとっては整合性がある結論らしい。
あきらに気づかれないくらいの微かさで、七海は息を吐いてから言った。
「…………その時は協力します」
「え、ほんと?」
持つべきものはいい後輩だなあと嬉しそうに言いながら、あきらはもう一度、貰い物のジュースをずずっと飲んだ。