呪霊の爪が真希の顔を掠った。かけていた眼鏡が飛ばされ、かしゃんと軽い音を立てて地面に落ちる。レンズが飛び散ったのが遠目に見て取れて、あきらはあー終わった、と口の中で呟いた。
「チッ」
真希が苦し紛れに振り回した呪具に驚いて、呪霊が距離を取る。自分が偶然相手の目を奪ったことになんて気づいていないらしく、警戒した様子だった。
全く運がいい奴だ。
――否。
「真希、もういいよ」
こっちの運が悪いだけか。
ただの実習だった。
学生とはいえ人手不足のこの業界、最低限の配慮をした上で実力以上の任務をあてられることはままある。真希と二人で出向いた今回もそんなもので、あきらはやっとのことで準一級の呪霊を倒した。引き替えに腹と脚に、浅くはない傷を負っている。
真希はあきらを壁際にやり、自分がその前に立ちはだかって、残る呪霊どもの相手をしていた。
だがそれも、目を奪われた今となっては難しいはずだ。
あきらはまだ自分を庇って呪具を構える真希に、先に逃げてと言った。
「あぁ!?」
眉を吊り上げた真希があきらを見る。あきらは脂汗の浮く顔でなんでもない表情を作って、口を開いた。
「ここは私が引き受けるから」
「んな傷で何言ってんだ」
「実は奥の手があるんだよ。周りを巻き込むタイプの術式だから、真希がいると使えない」
「……初耳だな」
「奥の手だからね」
もちろんそんなものはない。
あきらは真希だけでも逃がすつもりだった。
脚は動かないが手は動く。出来損ないの反転術式で、痛みは若干和らいだ。呪力だってまだある。ただ動けないだけだ。
真希がここから逃げ切るまで、気を引いておくくらいのことはできる。
帳は呪力を持たない真希自身には壊せないが、それだって呪具があれば問題ないはずだった。
「先に行って」
あきらは繰り返す。一度は遠退いた呪霊が、じりじりと距離を詰めて来ている。もうあまり時間がない。
「……」
真希が形のいい眉を寄せて、肩越しにあきらを見た。そしてハアと溜息を吐くと、前へと向き直る。
「指示出せ、あきら」
「…………はあ?」
「私は動ける、お前は見える。ならなんとかなるだろ」
「……先に行ってって言ってるのに」
「断る」
真希はあきらを見ていない。
見えないはずの呪霊を見据えて、姿勢良く武器を構えている。その背中には焦燥も不安もなくて、いつも眺めている手合わせの時と、あまりにも変わらない姿だった。
「二人で戻んぞ」
きっと真希は笑っている。
「……あー、もう」
あきらは死ぬのを諦めた。
大きく息を吸い込んで、多分真希がしているのと同じように、不敵に笑ってみせてやる。
「行くぞ!」
あきらが指示の声を出す。真希はそれを疑いもせず、力強い踏み込みで、呪霊の間合いへ飛び込んだ。