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五条と先生

※学生時代
 

特級術師は忙しい。そんなのは当たり前だ。
呪いは日々そこら中で新しく生まれているけれど、それに対応する術師の方はそうはいかない。
二級でも忙しいし、一級ならもっとハードだし、その一級でも対処できない案件が回ってくる特級術師となれば、時間も気力もいくらあっても足りないだろう。

そんな立場にあってふらふらと高専の教師なんかについているような人間は、良くて物好き、悪く言えばマゾだ。

「あきらってさー」

そんなマゾ、もとい教師に向かって、五条は口を開く。
場所は高専の教室で、五条は席について課題のプリントを目の前にしている。教壇の近くに置いた椅子に座るあきらと、二人きりだった。

「悟、あんたねえ」

あきらは五条の言葉の先も聞かないで、額に軽く青筋を立てた。どうやら呼び方がお気に召さないらしい。先生と呼べと言いながら、びしっと指をさしてくるので、悟はぺろっと舌を出して拒否した。「あきらだって呼び捨てじゃん」と言ってやる。
あきらは少し考えて、眉間に皺を寄せてから「五条くん」と呼んだ。

「なあに。気持ち悪いからやめろよあきら」
「…………」

あきらがでかい溜息を吐く。五条は楽しくなってきた。あきらの方は対照的に、ますます疲れた顔になる。

「もういい。で、何」
「なんで教師になったのかと思って」
「……今聞くことかそれ」
「今気になったから」

教師なんて面倒くさい。そんなのは五条でもわかる。日頃の任務に加えて、書類仕事は格段に増えるし、生意気な生徒の相手もしなくてはいけない。提出物をどうしても出さなかったからと言ってこうして居残りにまで付き合わないといけないのだ。
いくら給料を積まれたって、五条なら絶対にお断りだが、それでもあきらは無理を通してなったのだと言う。
強い術師は我を通せる。その通した先が、何を思ったか教師だったのだと、家の人間がしている噂で知った。

「やっぱマゾなの?」
「何て?」

からかうと口の端がひくひくとひきつった。
悪びれる様子もない五条を見て諦めると、ふいと視線を窓の方に投げる。建物の配置が少し変わる以外、何の変哲もない午後の景色を、あきらは懐かしそうに見た。
物思いに耽ったような表情は一瞬だったが、見慣れないあきらの横顔に、五条は少し驚いた。

「……高専が、楽しかったからかな」

明らかに適当な答えを聞いて、五条がえーと口を尖らせた。

「うるさいよ。別にいいでしょ。それよりまだ終わらないの」

課題のプリントを指さしてあきらが眉を吊り上げる。
「大分前に終わってるけど」と事も無げに言えば、「ハア!?」とあきらが大声を上げた。あんたねえこっちはそれを待ってんだから早く言いなさいよと今度こそ怒っている。
立ち上がって回収すると、プリントに目を通し始めた。ところどころ丸をつけつつ、できるんなら始めからやりなさいと小言を連ねている。

「ねえあきら」
「なに」
「ホントの理由は?」
「……まだ続くのその話」

うんと頷いた。気分次第ではあるのだが、五条が結構しつこい質なのはあきらも知るところだ。今日は諦めそうにないなと溜息をひとつ吐いて、眉間に皺を寄せる。

「別に、楽しかったのは嘘じゃなくて」
「ふーん」
「楽しいでしょ、あんたも」
「まあまあ」
「……過ぎてみたら楽しかったなって思うの。それで、もっとこうだったらよかったって後悔も出てくるのね」

あきらが言葉を切る。さっきのような、遠い昔を眺めるような目をあきらはした。

「同じ思いをさせたくないだけ。あんたたちが真っ直ぐ育っても、あんたみたくひん曲がって育っても別に構わない。それが自分の意志ならね」

――でも、それって結構難しいみたいだから。

理由とやらは終わりらしい。あきらはプリントの採点に戻り、残りの丸をつけ終わると五条に突き返した。

「はい終了。寮に帰って良し」
「あきら」
「うん?」
「あきらの同期ってどんなのだった?」

あきらは席を立ち、少し考える素振りをした。

「あんたたちと同じ、男二人に女一人」
「今も仲良いわけ」
「そこそこよかったけど」

二人とも死んだよ、と何でもないことのようにあきらは軽い口調で言う。流石に言葉を失った五条を残し、あきらはおつかれーと言いながら、教室から出ていった。