※学生時代もしも
明日からの出張任務について、資料を読んでいたところだった。談話室のソファーに座り、それなりに量がある紙の束に、灰原と交換しながら目を通す。時計を見、夕食までに読み終わるだろうかと考えたあたりで、七海は「つかれたあ」という大きな声を聞いた。
「高遠さん!お帰りなさい」
「お疲れさまです」
「んー。ただいま、お疲れ」
しっかりと挨拶をした二人の後輩を見て、一つ上の先輩は満足げに笑う。持っていたスポーツバッグをその辺に放り投げ、よたよたとこちらに歩いて来た。
ローテーブルの上にビニール袋をがさっと置き、七海の座っている方のソファーに倒れ込む。伝わってきた衝撃とあきらのやけに埃っぽい制服から立った煙に、七海は眉根を寄せた。
「……夕食前に着替えてきたらどうですか」
「いいじゃん、ちょっと休ませてよー。ほんとに疲れたんだって」
「随分長かったですよね、今回」
「ほんとほんと。おかげで明日と明後日は休みだけど」
あははと笑ってあきらが体を起こした。先程テーブルに置いた袋を顎で指し、五条に見つかる前に好きなの食べてよと続ける。そしてやっと、後輩二人が抱える紙の束に気付いて、それ何と問うた。
「資料です」
「明日から僕と七海で出張なんです」
「ふーん」
興味なさげに頷いて、どこに?と重ねて聞いてくる。七海が向かう県の場所を答え、灰原は地名を答えた。少し変わった地名だったから覚えていたらしい。
とはいえ言ってもわからないだろう、という七海の予想に反して、あきらは妙な顔をした。
「……どうしました?」
「いや。ちょっとそれ貸して」
言うなり七海の手から資料を取った。文句を言おうと思ったが、資料をめくっているあきらの顔が真剣だったので言葉を失う。やっぱり不思議そうな顔をしている灰原と、二人で顔を見合わせて、様子のおかしい先輩の気が済むのを待った。
「焦臭いな」
資料に目を通し終えての、第一声がそれだった。
眉根を寄せたまま、うーんと空を見つめている。
「きなくさい、ですか?」
灰原が繰り返した。
「地名に聞き覚えある。なんか変」
あきらがよいしょと声を出しながら立ち上がる。そのまま戸惑っている後輩二人に背を向けて、扉の方へと向かった。
「どこに行くんですか」
七海が尋ねると、「先生んとこ」と説明する気のないらしい先輩は答えた。
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「つかれたあ!!」
数日前と全く同じ台詞を吐きながら、あきらは談話室を訪れた。
前と違うのは腕や顔に怪我の手当の跡があることと、髪が一部、不自然に短くなっていることだ。
一つ上の学年はみんな優秀な術師だ。あきらも例外ではなく、呪術師としてはかなりの力を持っている人間だった。
滅多なことでは服さえ汚さないのを七海も灰原も知っていたから、余計に言葉が出てこない。
黙り込む後輩たちを見て、あきらはぱちぱちと瞬きをした。それから唇を不満そうに尖らせて、二人を見る。
「頑張って仕事して帰ってきた先輩に、なんか言うことないわけ?」
少し間が空いた。
おかえりなさい、とそれぞれ小さな声で灰原と七海が呟く。
満足げにただいまと返してから、荷物置いてくると言って、あきらは二人に背を向けてしまった。
パタン、と閉じた扉を、残された二人で見つめる。
「……ねえ七海」
「はい」
いつになく真剣な表情で、灰原は続けた。
「強くなりたいな」
一年上の先輩たちを思い浮かべる。
誰もが唯一の才能を持った呪術師だ。あと一年、二人がどれだけ努力をしたところで、今の彼らに追いつけているかは怪しい。
けれど。
「……そうですね」
それでも、迷った時に励まし合う友人がいるならば、足を止めることはないだろう。
七海の同意に力強く頷く灰原が、変わらずそこにいるのなら。