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足止め※/七海

※学生時代

 

無理だねえ、と間延びした声であきらが言った。呪霊から逃げおおせる際に意識を失った灰原に肩を貸し、精一杯の早さで歩んでいた七海は、隣を歩いていた同級生が消えたのに気づく。
振り向くと、あきらは七海に背を向けて、ひとり立ち止まっていた。

「何をしてるんですか」

はやく、と焦った声が続く。このどこかの洞窟のような奇妙な空間にいる限りは、七海たち三人は囚われの身だ。一刻も早く抜け出さなければならない。
一つ上の先輩たちならともかく、今の自分たちに適う相手でないことは最初の邂逅で理解していた。

「高遠さん!」

珍しく声を荒げてもあきらは突っ立ったまま、その場を動こうとしなかった。逃げてきた方向からは禍々しい気配が、ゆっくりと近づいてくる。
七海の声にあきらは首だけ後ろに回して、「めずらしー」と暢気に笑った。
高専にいるときと変わらない、明るい笑い方。
この場にはどうしても不似合いなそれに、嫌な予感は増すばかりだ。灰原は起きない。青い顔で、死んだように眠っている。

「先に行って」

あきらがごく自然な口振りで言った。

「何を馬鹿なことを」
「馬鹿じゃない。あいつわりと足早いもの。今は遊んでるけど、やる気になったらすぐこっちに来るよ」
「だからといって、高遠さんを置いていく理由にはなりません」
「足止め足止め」
「駄目です」
「七海」

今度は体ごと振り向いて、あきらが笑った。有無を言わさぬ強い目だ。
どうしてこんなに落ち着いた顔ができるのだろう。
代々続くような、呪術師の家系に生まれる人間はみんなこうなのか。一般出の七海にも、きっと灰原にもわからない。

「私に賭けてよ」
「…………」
「ね!」

何も返すことができない七海に、早めに抜け出してね、と念を押して、あきらは一歩を踏み出した。
数歩歩き、「そうだ」と振り返る。まだ突っ立ったままの七海を見て、ちょっと困った顔をした。
しかしすぐに気を取り直し、襟元についたうずまきのボタンを一つ、力任せにちぎり取る。
七海に向かって勢いよく投げた。
あきらの狙いは正確だ。その場から動く必要もなく、しっかりキャッチした七海を見て、彼女は安心したような息を吐く。

「それ、あげる」
「……高遠さん、」
「七海、バイバーイ!」

元気でね!灰原にもよろしく!と言い残したあきらはきっと、自分のこの先を決めている。
迷いも後悔も駆けていく足取りからは読みとれない。
やがて姿も見えなくなって、七海は仕方なく出口へと再び足を進めた。
灰原の意識はやはり戻らない。相当重い一撃を受けたのだから当然だ。

「…………クソッ……!」

呪術師なんてクソだ、他人のために命を投げ出させる覚悟を、時に仲間に——共に学んだ同級生に、強要しなければならない。

出口は遠い。後ろからは呪力のぶつかり合う気配がしている。
力の抜けた灰原の体を半ば引きずりながら、それでも七海は、足を止めはしなかった。