声とも音ともつかない響きで、特級の呪霊が笑っている。ただの呪力の放出で吹っ飛んだあきらを笑っている、体を壁に打ち付けて一瞬意識が飛んだあきらを笑っている、それでも取り落としそうになった武器を構えて、まだ希望を捨てていないあきらを笑っている。
「あんたなんて、」
喉は砂を飲んだようにザラザラとしていた。あきらの体は正直だ、飲み込む唾も出てこない。
本能的な恐怖を理性で押し殺し、キッと前を見据える。弱い獲物を甚振るのが楽しくて笑っている呪霊に向かって、調子に乗んなと精一杯の悪態を吐いた。
「あんたなんて、あいつが……」
前触れもなく東京の片隅で受胎した特級呪霊に相対した。倒すことは期待されていなかった、あきらが担ったのはただの繋ぎだ。
「五条がいれば」
特級術師、五条悟が、辿り着くまで。
その僅かな時間のために、あきらは自分の命を賭けた。
「ごめん」
何故謝られているのだろう。四年間の長きにわたって世話になり続けた医務室で、重傷者としてベッドに寝かせられていたあきらは、起きた途端一つ下の後輩に頭を下げられて面食らった。
「な、何?」
首を傾げると少し痛みが走る。
部屋が薄暗い、身体中がだるい、なんでこんなところにいてどうして生意気極まりない後輩に頭を下げられているのか、何もかも分からなくてあきらは混乱する。
丸椅子の上に座る、普段見ることもない白頭のつむじを見ながら、何があったか記憶を辿る。うーん、と唸ったそのとき視界の端に入った自前の呪具を見て、壊れてなくてよかったという気持ちが芽生え、芋蔓式に記憶が蘇った。
そうだ。
特級呪霊だ。
自分が生きているということは、五条はきちんと間に合ったらしい。あのクソ呪霊がけちょんけちょんに祓われる様を見れなかったのは残念だが、生きているなら儲け物だ。五体に足りないところもない、怪我だってそのうち治るだろう。
となると疑問が湧き上がる。
「なんであんたが謝んの?」
「……」
五条は答えない。あきらはため息を吐く。掛け布団から利き腕を引き摺り出し、ペシ、と下げられたままの頭を叩いた。
「あんたがいてよかった」
「……」
「間に合ってくれてありがと」
そのままぐりぐりと力を入れて、五条の頭をかき回す。
ずっと昔、五条が一年であきらが二年の時、よくやってはキレられたやつだ。なのに今日の五条は大人しくされるがままで、なんだか気味が悪い。
少し疲れた腕を下ろして、あきらは目を閉じた。ちょっと寝る、と声を掛けると、うん、と弱い答えが返る。気配はなかなかそばから去らなかった。