「24日は空いていないか」と、申し訳なさそうな顔をした忍田が問うてきた。顔が疲れきっている。何事だと思いわけを尋ねてみれば、その日の人員が足りないのだと言う。
近頃流行りのインフルエンザが、三門市でも猛威をふるっている。トリオン兵相手には勇敢に戦ってみせるボーダー隊員もさすがにウイルスには勝てず、A級B級問わずちらほらと自宅待機が言い渡されていると聞いた。人が足りないのは当然だ。
ならここは、元気なものががんばるべきだろう。
「構いませんよ。私出ます」
「……すまない。助かるよ」
給料増えますしありがたいですよアハハ、と明るく笑うと、忍田の表情は少し和らいだ。それをもたらしたのが自分だと思うと誇らしい。今度礼をしよう、という言葉にもわくわくして、姿勢良く廊下を歩いていく忍田の後ろ姿を見送り、あきらは機嫌よく歩き出した。
いやあいいことをした。今月財布が寂しいしちょうどいいや。えっと日にちはいつだっけ?
24日か。…………24日?
「……やばい」
さっきまでとは打って変わって真っ青になり、あきらは一人呟いた。
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「──で?」
向かいのソファーに座った太刀川はやけににやにやとしている。あきらは不機嫌に手に持っていたジュースのストローを噛んだ。
「どうなった」
「どうなったもこうなったもないよ。24日は防衛任務が入って、アイツはカンカンだし、25日はこうして無意味に暇になって」
それであきらはボーダー本部にいる。時は25日、世間はクリスマスだ。いつもは訓練やらなにやらで人が多い本部も、こんな日だとさすがに用がある人間しかおらず、ロビーも閑散としていた。
恋人と喧嘩をした。もちろん、原因はクリスマスイブに任務を入れたことだ。
ボーダーに所属し、一緒にいる時間が取りづらく、せっかく約束しても当日に緊急で本部に行かないといけなくなったりするあきらのことを、恋人は仕方ないと言いながらもずっと怒っていたらしい。今回の件で堪忍袋の緒が切れたといって、25日は空いてるからと弁解しても聞く耳を持たず、携帯さえ繋がらない。たぶんもうダメだろう。やけくそになってクリスマス任務に凹んでいた後輩とシフトを変わってしまった。臨時収入だけが増える。
はあっとあきらがため息をつく。太刀川は変わらず楽しげだ。
「まあ、あれだな。忘れてたお前が悪いな」
「……ホントにね」
「後からでも忍田さんに断ればよかったのに」
「そんなことできるわけないでしょ。それに覚えてたとしても人がいないんなら出ないわけにはいかないし、……結局こうなってたよ、うん」
自分の個人的な事情と街の防衛を天秤にかけたら、どちらが大事かなんて決まりきっている。ただし相手がそれを認めてくれるとは限らない。
「もう当分彼氏はいい。面倒くさい」
へえ、と太刀川が言う。目を向けて、「そういやあんたは何してんの」とあきらが聞いた。
「任務?」
「まだ時間あるけどな。家にいてもやることないし、早めにきてみた」
「……はあ。クリスマスに?」
「お前も人のこと言えないだろ」
「まあそうですけど」
任務前でも任務後でも、誘いすらすれば相手をしてくれる女は何人もいそうなのに、太刀川もなかなか変わったやつだ。話し相手がいるのはちょっとありがたいけど。
そんなことを考えながらジュースを飲み干したあきらの目の前で、太刀川がよっこいせと立ち上がる。顔を追って目線を上げると、太刀川が「ランク戦しようぜ」と持ちかけてきて、あきらは瞬きをした。
「お前も任務まで暇なんだろ。相手してくれよ」
「クリスマスに……」
外ではクリスマスソングが流れ、恋人たちは寄り添い、家族はケーキとごちそうを食べている。そんな日に仮想とはいえ殺し合いなんて。
「……待ってよ」
けれどまあ、悪くはない申し出だった。
ゆっくり立ち上がって、先を行く太刀川の後を追う。
ギャラリーは今日はいないから、これも一種の二人きりで過ごすクリスマスではある。甘いものではないけれど。