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匿名になれない男

任務までの暇潰しにランク戦でもしようと思って、空いているC級ブースに入ったのだが、多分間が悪かった。パネルに触れて、誰かよさそうな相手はいないかと物色しているうちにふと表示が変わる。

「げっ」

あきらは思いっきり顔をしかめた。

表示されたのは対戦の申し込み画面だ。書いてあるのは相手がいる部屋の番号と、武器、保有しているポイント。もちろん名前はない。
けれど、「弧月」。
そしてその横に並ぶ、周りと比べて頭二つは飛び抜けているポイント数を見れば、もうそれは匿名などではなく、明確にある一人を指し示している。

『げっじゃねえよ』

通信まで入った。予想外でもなんでもない低い声が、部屋に響く。あきらの顔が一層歪んだ。

「……反射的に出るんだよ」
『なんだそれ』
「要するに拒否したい」
『いやいや。相手してくれよー、退屈してんだって』
「……」
『な。やろうぜ』

あきらが大きくため息をついて、「何本」と短く問うた。『まずは10本』と、画面の向こうの男は答える。
まずはってなんだまずはって。あきらは呆れながらパネルに指を滑らせる。程なくしてキィン、という耳鳴りとともに、転送は始まった。
 

**
 

「……」

結局10本勝負に三回も付き合って、しかもそのうちのほとんどを負け続けたあきらは不機嫌だった。いいようにポイントをむしり取られたのだから当たり前である。
太刀川の方はあきらとやりあってそこそこ満足したらしく、機嫌がよかった。付き合った礼とばかりに缶コーヒーをおごってくれたが、たったそれだけで晴れるようなものではない。

「あれだよなあ」

どこか暢気な発音である。あきらが横目で、隣に立つ男の顔を見た。口元に缶の飲み口を寄せ、太刀川は空を見つめている。あきらを意識した発言ではなさそうだ。

「……単位もこれくらい、簡単に取れたらいいのにな」
「…………」

自分からポイントを奪うのを簡単に、と称されたことやら、真面目にさえしていれば単位なんていくらでも取れるもののはずだということやら。
あきらの額に青筋が浮かぶ。そして力一杯、太刀川の向こうずねを、無言でガンッと蹴りつけた。