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たましいについて/迅

「私さあ、幽霊、見えるんだよね」

昔の言葉なら丑三つ時、と言われるような刻限であったし、何より二人が並んで座っていたのはかつて多くの人が死んだ現場、警戒区域のまっただ中だったから、あるいはあきらの発言はシチュエーションにぴったりなものだったのかもしれない。
けれどあまりにも突拍子のないものではあったので、迅悠一は思わずあきらの顔を見て、しばし黙り込んだ。
明かり替わりだとひとつ顔の近くに浮かべていたキューブが、眉根を寄せたあきらを淡く照らしている。

「信じてないな」
「え、あー……」
「べつにいいけどさぁ」
「いや、急で驚いただけ。で、本題は?」

ほんだいー、とひらがなの発音で唸って、体育座りのあきらが顔を伏せる。相当眠いようだった。眠気覚ましの冗談か何かだったのだろうか、と考えているうちに顔を上げて、口を開いた。

「あのねー、三門市って、変なんだよね」
「……あきら」

話が繋がってないぞ、と笑おうとして踏みとどまった。あきらの顔が、眠たげな事を差し引けば至極真剣なものだったから。
周囲を見渡すような仕草をして、ため息が一つ漏れた。何が、と迅が尋ねる。

「幽霊が少ない。あんなに死んだのに」

第一次侵攻。
その被害の凄惨さを、その当時ボーダーの一員として直接の救助に当たった迅はよく覚えている。そしてそれは、被害地域の住民だったあきらも同じだろう。
あちこちから上がる煙も、倒壊した建物も、物のように打ち捨てられた死体の山も、年月が経ったとはいえ簡単に忘れされるようなものではない。
三門市は多くの人が一度に死んだ場所だ、なるほど、幽霊なんて非科学的な物がもしがあるとするなら、おびただしい数がさまよっていても不思議ではなかった。
実際夜間の任務を嫌がる隊員はそれなりに存在するし、夏になると肝試しなんてバカな理由で警戒区域に侵入してくる一般人がでてきたりもするらしい。

だがあきらは、多いのではなくて、少ないのだ、と言った。

「第一次侵攻の時に死んだんだろうなって人が全くいないわけじゃない。崩れた建物の下敷きになって死んだ人とか、トリオン兵に踏みつぶされちゃった人とか、そんなんは見かけるんだよ。でもね、全然いないの」
「……なにが」
「一番多いはずの、胸が赤い幽霊」
「……」
「一人もだよ」

おかしいよねえ、と続けたあきらの声が、恐ろしく響いた気がして迅の体が強ばる。
怪談話だ。草木も眠る丑三つ時、二人きりの荒れ果てた土地、かつてたくさんの人々が死んだ場所。
あきらは全く平気そうで、少し気を抜くと眠ってしまいそうなくらいうつらうつらとしている。寝落ちて一人夜の中に取り残されるのは、なんとしてもごめん被りたいところだ。喋らせておきたい。
なるべく平然と聞こえるように努力して、「心当たりは?」と迅は尋ねた。

「最近みつけた」
「へえ。どんな?」
「うん……トリオン兵はさあ、トリオン少ない人の、トリオン器官だけ取り出して持ってくんでしょ」
「そうだよ」
「トリオン器官っていうのは、心臓の横にあって、で、見えない内臓って言われてる。あってる?」
「あってる」
「もしかしてさあ」

パキンと。
音が鳴って、あきらが浮かべていたキューブが消えた。

「…………あきら?」
 

心臓の横の、見えない大事なものって。
それって。

「たましいってやつじゃないの?」

だから、トリオン器官持ってかれた人の幽霊は、いないんじゃないの。
みんな向こうに、魂を持って行かれて、使われて、最後には消えてしまう。
 

だったらひどい話だよねえ。

 

あきらは真っ暗闇の中で、舌っ足らずにそれだけ言った。すう、と静かな呼吸音が聞こえてくる。どうやら限界を迎えたらしい。

「……怖い話してくれちゃって」

内容といい語り口といい、どこまでも完璧だ。
いっそ幽霊が見えるというあきらの証言が嘘で、推測が間違いであってほしい。幽霊なんてものは枯れ尾花で、トリオン器官は目に見えないだけのただの内臓で。
だってそんな話は。
怖い以前に、救いがなさすぎる。
死んだことだけでも辛いのに。

恐ろしいというよりは、悲しくなってきて、夜空を見上げた時ちょうど警告音が鳴り出した。
闇の中に一層濃い欠落ができて、そこから滑らかな白い輝きが見える。びくっと大げさなくらいの反応を示し、あきらが立ち上がってよろめいた。

「あー寝るとこだった……。迅、あっちの二体は私がやるわ」
「了解。頼んだ」

身軽に移動するあきらの背中を見ながら、風刃を手の中に握り込み、戦闘態勢を取る。
ひょっとしたらこれも魂の欠片なのかもしれないと、思えば手に力が入った。