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順平、預けられる

ピンポンピンポンと何度も何度も鳴らされるインターホンの音に苛つきながら玄関に向かう。こんなふざけたことをする人間なんて限られていて、その中で今も生きているとか、あきらが今日非番で確実に家にいることを把握しているとかを鑑みると必然一人に絞られる。

「やっ」
「……」

玄関の扉を開くと、そこにはやっぱり五条悟がいた。
右手を挨拶のためにひらりとあげ、左手で知らない少年の肩を掴んでいる。右目を髪で隠した少年は困惑気味にリュックの持ち手を握りしめ、怪訝そうな顔のあきらとそれを全く意に介さない五条とを見比べていた。

「あきらさん、久しぶり!」

その五条の背後から、溌剌とした笑顔を向ける宿儺の器、改め虎杖悠仁がひょっこり顔を出して、あきらの表情筋がわかりづらく緩んだ。
少しの間五条に頼まれて特訓やら任務やらに付き合っていた中で、あきらはこの明るい少年を嫌いにはなれなくなっている。無視はせず、「……久しぶり」と素っ気なく返してやった。

「突然でなんだけど、順平のことしばらく預かってくれない?」
「………………ハ?」

何を言ったのだこいつは。片方の眉をはね上げたあきらに怯むのは隣の少年ばかりで、当の五条にはなんの効果もない。

「あ、順平ってこの子ね。ほら自己紹介」

これ以上なく困ったという顔をして、促された少年がおずおずと吉野順平ですと名乗った。

「順平はクラゲの形の式神出すんだよ」

虎杖が聞いてもいない情報をくれる。

とりあえず玄関先でつっぱねられる話ではないことを理解したあきらは、親指で後ろを指さして中に入れと指示を出した。

 

申し訳程度に置いてあるソファーに少年二人を座らせて、適当に入れた麦茶を飲ませ、五条とあきらは別室で立ち話をしていた。

曰く、吉野順平は七海と虎杖があたった任務で出会った少年である。
曰く、その任務で敵となった特級呪霊と懇意にし、もともとその身に刻まれていながらも目覚めてはいなかった術式を発現させた。
曰く、唯一の身内だった母を殺された。
曰く、通っていた学校で、いじめっ子を復讐相手と思い込み、重傷者の出る騒ぎを起こした。

「……高専で引き取るのはわかったけど」

いくつか問題とされる部分はありそうだが、呪術師は常に人手不足だ。術式を扱える人間を、重傷者が出たとかそんな軽い理由では放っておかない。呪術師の家柄ではない子供が呪術に目覚めたとき、そこには尋常ではない負の感情の動きがあるはずで、死傷者が出るなんて珍しい話でもないので、そこは問題ないだろう。わからないのは。

「なんで隠す」
「んー……。今編入させちゃうとさ、悠仁のこともバレちゃうかもだし」

交流会まで虎杖のことは内緒だと言ってみたところで、吉野が隠し通せるかわからない。また隠せたとしても、同級生を騙していると思いながら過ごすのはつらいだろうし、何より交流会で虎杖が戻ったとき、他の一年からの信頼を失うかも知れない。それはあまりにも辛いだろう。
青春に傷が付きそうだから駄目、と五条はいつもの、お気に入りのワードを持ち出した。こういうときのこの男は、決して引き下がらない。

「面倒見るのは百歩下がっていいとして」
「いいんだ」
「……。お前、二人も術師隠してたとか、また上に目をつけられるんじゃないの」

私兵を作っているとか、言ってきそうなものだ。ただでさえよくない五条悟の立場を、あきらは小指の先の先くらいには心配していた。

「ハハッ」
「何がおかしい」
「僕が目を付けられてんのなんて今更だし、私兵とかそんなもの、」

――いらないだろう?

「……」

最強の男が薄い唇の端をにやりと持ち上げて笑う。心配した自分がアホのように思えてきて、あきらは半目になってため息を吐いた。

「ハーイ、じゃあ順平、しばらくここでお世話になってね」

ちゃらんぽらんな感じ全開の五条が言う。隣で腕を組みつつこっちを見つめているあきらと言う人と目があって、順平は慌てて座っていたソファーから立ち上がった。よろしくお願いしますと頭を深く下げる。

「あきらも相当な腕の術師だから、術式のことで何かわかんなかったら遠慮せずに聞くといいよ。時々任務も回すから同行して」
「は、はいっ!」
「僕も時々様子見に来るし」
「来るな」
「ええー……」
「じゃあ俺は!」
「……虎杖は、まあいいんじゃない」

よっしゃあと隣に腰掛けていた虎杖が嬉しそうに笑う。五条がひどくない?と同意を求めてきたので、曖昧に笑って返しておいた。