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制服の話

/ちょっと経ったくらい

任務から帰ってきたあきらが、大きな紙袋を手に提げていたので、順平はどうしたんですかそれ、と尋ねた。
ずずいっと目の前に差し出され、首を傾げる。

「制服。あんたの」
「僕の……?」

そこまで言われてやっと、順平は悠仁がうずまきのボタンを付けた学生服を着ていたことを思い出した。順平もいずれは呪術高専に正式に編入することになるのだから、制服が支給されるのは当たり前と言えば当たり前だ。
おそるおそる紙袋を掴んでいた手にぎゅっと力が入り、頬がほんのりと上気する。そんな様子を見て、あきらの目元がほんの少し和らいだ。

「一度着て確認してみて。サイズ合うかと、頼んでるカスタムがされてるかどうか」
「はい!……って、えっと、カスタムですか?」
「…………知らない?」

怪訝そうな顔をしたあきらが、生徒によって得意とするものも呪術の特性も全く違うので、それぞれが戦いやすいように制服を変更することが認められているのだと教えてくれた。高専の生徒に共通するのはうずまきのボタンくらいで、後はかなり人によるのだそうだ。

説明の後少し考え込んで、あきらは「あいつか」と苦虫を噛み潰したような顔で言った。

「あいつ?」
「五条悟」

はーっと大きくため息を吐く。

「たぶん勝手にカスタマイズされてると思うから、気に入らなかったら遠慮なく言って」
「は、はい」

着替えてみて、と再度言われたので、順平は紙袋を持って、いそいそと自分が借りている客間に引っ込んだ。ビニールに包まれたそれを丁寧に出して、広げてみた。

「わぁ……」

ずいぶん前に着た高校の冬服より、手触りの柔らかい生地だ。
形は普通の学ランに似ているが、詰め襟にふたつ、記憶にある悠仁の制服と同じようにうずまきのボタンが並んでいる。それだけで嬉しかったというのは、きっと誰にも言わないだろう。
子供のようだと少し恥ずかしくなりながら、言われた通り制服を着る。サイズはぴったりだった。

「……動きやすい」

体を動かしてみるけれど、違和感もない。これなら存分に戦えるに違いない。

そのままあきらに報告に行こうとしてドアノブに手をかけ、順平の動きがぴたりと止まった。

(着替えて、報告した方がいいかな。)

あきらは確認しろと言っただけで、制服を着て見せろと言ったわけではない。

あの人は親でも親戚でもない。自分の制服姿なんて、見て喜んでくれる人はもういないのだ。
一度着替えて、それから問題ありませんでした、と報告した方がいいのかもしれないと思った。

「…………いいや」

いろいろ深く考えてしまうのが順平の悪い癖だ。そんな自分が少し嫌になって、順平は思考を放棄した。

ドアノブをぎゅっと握り直し、息を整えてから部屋を出る。

なんとなく足音を潜めてリビングに戻ると、あきらはソファーに座って本を読んでいた。
順平の気配に気づいて、こちらを見る。

「ああ、似合うね」
「……!!」

表情が柔らかい。
たぶん順平があきらの元に世話になりだしてから、一番笑顔に近い表情だった。

あきらはすぐに手元の文庫に目線を戻したから、順平が目を大きくして息を呑んだのには、おそらく気づいていないだろう。

「サイズは?あとカスタムの希望」
「……ぴったりです。気に入ったので、このままで」
「そっか」

ならいい、と本を閉じる。

「明日の仕事はついてきてもらうから、それ着ておいで」
「はい!」

返事が妙にはりきったものになってしまって、嬉しいやら恥ずかしいやら、色々な気持ちが渦巻いた。けれど決して、嫌なものではなかった。