「なんじゃこれは?」
頭の上に疑問符を浮かべて、天内理子はあきらが差し出した赤い結晶を指で摘んだ。部屋の明かりに透かして首を傾げている。
「……私の血」
「うわあっ!?」
「を、呪力で結晶化したもの」
「どちらにせよ血ではないか!!」
よくもそんなものを妾に!とまた騒いで、天内は結晶を机の上に放り投げた。
まだ出会って数時間しか経っていないが、リアクションが必要以上に大きい子供だ。あきらはこれから先の数年を思って一瞬遠い目をした。
元々子供は嫌いなのだ。騒がしい子供は特に煩わしい。
「大事に扱ってよ。三つしかないんだから」
その小さな結晶があきらの術式の全てだった。
子供の手にも収まるほどの大きさだが、その実それひとつに、見た目からは想像もできないほどの質量の血液と、十数年かけて込めた呪力が詰まっている。
幼い頃から今に至るまで、呪力のほとんどを注ぎ続けている三つのうちのひとつがそれだった。更には、生涯で三つしか作らないと自分自身に縛りをつけて、術式の精度と威力を底上げしている。
気が進まないとはいえ、己に与えられた護衛の任が重要な仕事だとあきらは理解している。だからこそ、あきらは己の術式の三分の一を、天内理子に差し出した。
「呪力・物理による攻撃をオートで迎撃するよう設定してある。万が一特級の術師や呪霊に出会したとしても、私が駆けつけるまでの時間稼ぎはできるはず」
「…………」
「狙われてる自覚があるなら、文句言わずに持ち歩いて」
上目遣いに不満そうな視線を向けた後、天内はおそるおそる、机に放ったばかりの結晶を再び手に取った。
「袋かなんかに入れとけば」とあきらが言うと、黒井に作ってもらう、ともごもご呟いた。
「いかに対象が生意気でも仕事はちゃんとするから、安心しなさい」
「……うむ。しかし高遠!」
キッと天内があきらを睨んだ。言っておくことがあると告げられても怯む様子もなく、あきらは何と答えた。
「その態度はこの際大目に見よう」
「……ハア。ドーモ」
「しかしだ。同じ家に住み、妾を守るというならば――せめて妾のことはきちんと呼べ」
「…………」
「きちんと理子様と……」
「理子」
あきらが天内の言葉を遮った。
予想した通り次の瞬間には敬称をつけんかとまた喚かれたので、あきらはうんざりとした表情を浮かべた。
「全く、妾を誰だと思っておる!」
「それはさておき」
「さておき!?」
「こっちからも要望があるんだけど」
「……言うてみい」
「私も名前で呼んで。名字は好きじゃないから」
天内は少し黙りこんだ後、「あきら」と口に出した。少し予想外だった。あきらはへえ、と感心したような声を上げて、「案外素直だね」と言う。
少女の眉が、訝しげに吊り上がった。
「? 呼べと言ったじゃろう」
「そうだよ」
騒がしい子供は嫌いだが、素直な子供は悪くない。
今日初めて、小さくとはいえ笑いをこぼしたあきらを見て、天内が大きな目を見開いて驚いた。