寝室に起こしに行ったところ、寝ぼけ眼の理子にまだ寝るのじゃともごもご言われたので、あきらはそうかと頷いた。大人しくリビングに戻ると黒井が不思議そうに声を掛けてくる。
「あきらさん、お嬢様は」
「まだ寝たいそうだよ」
しれっと答えて席に着いた。黒井は今日もしっかり、理想的な朝食を用意してくれている。
それも食べ終えて、煎れられたばかりのコーヒーを悠々と飲んでいると、不意にバタバタと寝室の方から騒々しい物音が聞こえてきた。察した黒井が苦笑している。
「遅刻じゃ~っ!!!」と喚く声が聞こえ、次の瞬間大きな音を立てて扉が開いた。
「あきら!何故起こさなかった!」
「起こしたよ。まだ寝たいって言ったのはお嬢様でしょ」
開口一番に不満をぶつける理子にも、あきらは飄々とした態度を崩さない。
何しろご要望は全て叶えるようにと言われておりますので、とこんな時だけ丁寧な口調で返した。
む~~っと呻く理子に向かい、黒井が椅子を引いて着席を促す。
「食べやすいものだけでも食べていってくださいね」
優しい世話係に微笑まれ、理子はとりあえず席に着いた。子供らしく頬を膨らませて、向かいに座るあきらを恨めしげに見ている。
「さて」
コーヒーを飲み終えて立ち上がると、あきらは食事を慌ただしくかき込んでいる理子の隣の席に移った。
もぐもぐと口の中のものを咀嚼しながら理子があきらを睨みつけた。なんなのじゃ、と視線が言っていた。
「髪、やってあげる」
「…………」
理子の髪は起き抜けで癖がついたままだ。返事も待たず、あきらはどこからか持ってきた櫛を使い、理子の黒い髪を梳きだした。
理子がいつもしているような緩いおさげを、普段の適当な態度からは想像がつかないくらいの優しい手付きで、手際よく作る。
「できた」
「…………」
出来上がった頃にはある程度食事も食べ終えていた。
近くに鏡がないから、出来を確認する術はない。理子は手で髪の様子を確認し、疑い深い目つきで「ちゃんとしておるだろうな」と尋ねた。全く信用されていないようだ。
「勿論。少なくともお嬢様がやるより上手い」
「そうか。…………なんじゃとぉ!?」
「お嬢様!お車の用意ができました」
「待て黒井、今日という今日はあきらに」
「遅刻しますよ」
「ああもう!!」
ダンダンと足を踏みならし、理子は黒井に手渡された鞄と今日の授業で使うらしい体操着を持って、玄関へと駆けだした。扉を閉める前にくるりと振り返り、「覚えておれ!」と負けた悪役みたいなことを言って指をさす。
「…………」
一人残されたリビングは途端に静かになる。あきらはなんだか面白くなってきて、ついプッと吹き出した。
「ふふ、あはは」
――星漿体との暮らしは、なかなかに賑やかだ。だけど決して、悪くはない。
不思議なことにそんな思いを、あきらは抱き始めていた。