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五条と仕事

何気なく広げた手のひらの上に、ふわりとひとつ、結晶が浮かんだ。ピキピキとひびが入るような音を微かにたてながら、質量が少しずつ増していく。

「その赤いの何」

ずっとこちらの様子を窺っていたのだろう、隣に立つ学生が目敏く気づいて、遠慮もなく尋ねてきた。
この暗闇の中でよく色なんてわかるなと一瞬不思議に思って、あきらはすぐに相手の出自を思い出す。

五条悟。

御三家である五条の中でも、一等希少な目を受け継ぐ人間が、あきらの隣に立っている。

「……私の血」
「ゲエッ」

舌を出して嫌そうな顔をした。
態度は失礼でしかなかったが、失礼な子供にも偉そうな子供にも、あきらはある程度慣れている。おかげで大して腹は立たなかった。
そういや最初は似たような反応をされたっけ、と懐かしく思うくらいだ。

「ってことは加茂? 高遠なんて分家あったっけ」
「何代か前に縁は切れてる」
「ふーん」

そのあたりについてあきらは詳しく知らない。
育ててくれた祖父は随分執着していたが、家を出て随分経つ今ではもう関係ないことだ。
聞いてきたくせに興味はあまりなかったようで、五条もそれ以上聞いてこようとはしなかった。

――それよりも。

「あそこで合ってる?」
「合ってる」

屋上の縁に片足をかけ、目の上に手を当てて遠くをのぞき込むような仕草を五条はした。そんなことをしなくてもその目なら見えるだろうにと思いながら、視線の先にある廃ビルを五条と同じように見下ろす。
少し距離はあるが、あきらにも、そして五条にも足場のあるなしはあまり関係がない。ないなら作ればいいことだったし、重力が邪魔なら拒絶してしまえばいい。襲撃の準備は万全だった。

「予想される呪詛師の数は5~6人ってとこ。あと見張り代わりに飼われてる呪霊が何匹か」
「なんだ、すぐじゃん」

手短に説明を加えるとつまらなさそうに頭の後ろで腕を組んだ。溜息を吐いて、油断はしないようにと付け加える。

二人が狙うは呪詛師の巣だ。
星漿体を狙ってか、それとも呪術高専にとって天内理子が重要な人物であるということだけを掴んだのか、幾度かちょっかいをかけられた。
最近力を付けてきた集団だという噂を聞いたこともあって、早めに潰しておこうと腰を上げたのだ。
ついでに一人で向かって取り逃しでもしたらまずいので、高専に協力を要請し、その結果五条が派遣された。
実力は申し分ないことをあきらも聞いているけれど、同じだけ問題児だということも知っている。
もっと他にいなかったのかと思わなくもないが、呪術師は人手不足だ。贅沢は言えないと割り切ることにしておく。

「俺が正面から行くから、高遠さんは後からついてきて」
「……一応聞くけどなんで」
「そっちの方が楽しいかなって」

俺が、とやたら綺麗な笑顔で言われ、あきらは閉口した。
駄目だと言ったって聞かないだろう。これはそういう子供の目だ。

「わかった。でも一つだけ言っとく」
「何?」
「殺すな」
「…………」
「そっちは私がやるから」
「……………………あのさあ」

楽しげだった五条の顔がみるみるうちに不機嫌そうに曇った。子供扱いすんなと冷めた視線を寄越してくる。そういうことを言い出すのは子供だけだと、本人もまだ気づいていないのだろう。
あきらはどうするか少し考えてから、「そういうのじゃないよ」と口を開いた。

「あいつらには聞きたいことがあるから。尋問しないと」

嘘ではない。
星漿体と知っていて天内理子を狙ったのかどうかだけでも、聞き出しておく必要がある。

五条に向けられた疑いの籠もった視線を、あきらは平然と受け流した。
暫くして大きな溜息を吐き、「わかったよ」と五条が折れる。

「ありがとう」
「別に。それより」

もう始めようよ、と五条は視線を標的のいるビルに向けた。

「帰って見たい番組あるし」
「へえ。何の」
「えっとさー――」

理子もたまに見ているテレビ番組のことを、五条は幼い笑顔で喋りだした。途中で何でもないことのように、ビルからひょいと飛び降りる。
あきらも術式で足場を作りながら、後に続いた。

「聞いてる!?」
「聞いてる聞いてる」

力だけは有り余っているが、やっぱりまだ五条は子供だ。まだ子供でいてほしいと、多分本人に知られたら怒り出しそうなことを、こっそりあきらは考えていた。