「あ」
蝉が飛んできた。
と思ったら、学校でいいことでもあったのか少し調子の外れた鼻歌を歌い、あきらの少し前を歩いていたお嬢様の。
「ん?」
頭に。
「…………止まってるよ」
「――ッ!!!!」
ギャァだかミャアだかよくわからない発音の悲鳴が響き渡った。よくそんなに声が出るものだ。あきらは耳を塞いで少し感心している。
その間にも、ヘアバンドの上で落ち着いたらしい蝉はジィィと鳴く準備を始め、理子がふらふらしながら狼狽えている間に本格的に鳴き出した。理子がまた悲鳴を上げ、二倍うるさい。
「ひっ、あきら!あきら!」
「はい」
「早くどうにか……というか何故守らんのじゃ!!」
あの結晶は何だったのじゃと喚かれて、あきらは適当に蝉はお嬢様に危害を加えないのでと返した。充分害ではないかぁ!と理子が涙目で返してくる。
「噛まないし、刺さないし」
「わかった!わかったから早く」
とうとうお嬢様の目尻から涙がポロッと溢れたので、あきらは仕方なく理子の頭に手を伸ばした。
足を布に食い込ませて、しっかり止まっている蝉を摘み上げる。止まるところを無くした蝉は一旦鳴くのを止め、うごうごと六本の足を動かした。
「ひい……」
「そんなに怖がらなくても。こいつらも生きてるんだし」
「嫌なものは嫌じゃ!」
「あっそ」
ぐしぐしと服の袖で涙を拭う理子の頭を慰めるようにぽんと叩くと、あきらは近くの木に歩み寄る。
幹に掴まれるよう気を遣って、蝉を離してやった。
しかしまあ、人に与えられた場所は気に食わないらしい。蝉はすぐにきらきら光る半透明の羽根を広げ、どこかに飛び立っていく。
「あっ」
「ひい!もう嫌じゃ~っ!!!」
まるでからかうように、理子がいる方に向かって飛んで行ったので、あきらはついつい笑ってしまった。