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編入初日

いつものように始業から数分遅れて、五条は伏黒一人が待つ狭い教室へとやってきた。責めるほどでもない遅刻が癖の担任教師は、教壇に立つなり姿勢を正し、ピシッと敬礼を決める。

「今日は恵にいいお知らせがありまっす!」
「……」

明らかに期待していない視線を伏黒が投げつける。敬礼を解き、ノリが悪いなあとか口を尖らせて五条が言えば、早く言ってくださいとクールに急かした。さすが高専に入学する前からのつき合いというか、五条の扱いには慣れている。
五条は気にした様子もなく、「編入生だよ」と笑顔を浮かべる。

「良かったねえ。これでもう寂しくない」
「……寂しいなんて言った覚えはないですけど」
「またまたぁ」

一人じゃ青春できないじゃん、なんてどうでもいいことを言って、五条は扉の方へ入っといでと声をかけた。がらり、と遠慮がちな音を立てて引き戸が開く。

黒いセーラー服。
スカーフ留めに伏黒と同じ、うずまきのボタンがひとつ付いている。
気が弱そうな女子だった。扉は開けたものの、中へ入るのを戸惑っている。

「こっちおいで」

手招きされて恐る恐るという風に、女生徒が五条の横に立った。
伏黒はなんとなく彼女の方を見ているが、向こうはというと視線を床に落としている。

「高遠あきら。呪術師の家系の子じゃないから、恵、色々教えてあげて。ほらあきら、目つきはあれだけど別に睨まれてるわけじゃないから、挨拶」

高遠あきらと紹介された女生徒は、伏黒を見ると困ったように笑って、高遠です、と頭を下げた。

「うんうん。で、あっちが伏黒恵ね。式神使いだから、まあちょっとあきらとは違うけど、色々参考になるはずだよ。わからないことがあったら聞くように」
「…………よろしく」

伏黒がそっけないながら挨拶をすると、こちらこそと笑った。

「ちょっと違うけどってどういうことですか」

紹介の中で少し引っかかった言葉について問いただすと、ああ、と五条が頷く。

「あきら、出せる?」
「……ううーん……」

あきらは困ったように首を傾げて、何故か辺りをきょろきょろと見回した。そして何かを見つけたのか、表情を明るくする。
出たね、と五条が笑うのと、おいで、とあきらが言ったのとは同時だった。伏黒の横を真っ白いものが通り過ぎていったのは、その直後だ。

「あきらはね、犬神憑きなんだよ」

さらりと説明する五条の横で、あきらは犬神とやらを抱き上げている。
犬神――いやあれは犬なのか?なんというか見た目はぬいぐるみに近い。伏黒も犬の形をした式神は従えているけれど、フォルムが全く違う。ずんぐりむっくりしている、毛並みがいいというよりはフワフワしていそうな一つ目の犬が、あきらの腕に大人しく収まって、ヘッヘッと舌を出して息をしていた。おまけにじいっと伏黒を見つめている。

「調べた感じ、どうも母方のお婆さんの家系がそうらしい。ここ数代はその能力も受け継がれていなかったみたいだけど、あきらの代で急に現れてしまった。先祖返りってやつかな?お母さんは何ともないんだよね?」
「はい。この子たちのことも見えないです」
「うーんじゃああきらだけだね。あっ恵、こんな外見だけど、コレ結構強いんだよ」
「……」
「二級くらいの呪霊なら勝手にバクバク食べるから。そのせいであきらはろくに呪霊も見たことない」
「えっ」

流石に驚いた素振りを見せると、あきらが恥ずかしそうに縮こまった。

「おまけに犬神の制御も特にできない。なので」
「待ってください。聞きたくないです」
「あきらの世話、よろしく!恵!」

伏黒の制止も聞かず、五条が言い切った。額を押さえてつい舌打ちが出た伏黒を、どうもこの結論を知っていたらしいあきらがごめんなさい~と情けない顔で見ている。
抱かれたままの犬神が、きゃん、と楽しそうに鳴いた。