四人目の生徒を迎えに行きます、という五条の朗らかな言葉で、虎杖悠仁は未だ紹介されていないもう一人の一年生のことを思い出した。
「アレ?そういやあきらってどこにいるの」
思い出したのはどうも虎杖一人ではないようで、五条が首を傾げて伏黒に尋ねている。伏黒は少し考えてから、知りませんと答えた。
「校内にはいるはずですけど」
「そうだよね。連絡してみようか」
担任と同級生の、自分のために行われているやりとりは、しかし虎杖の耳にはほとんど聞こえていない。
虎杖の目は、少し遠くに見える奇妙な物体に釘付けになっている。
――変な犬だ。
手足が短くて、全体的にまるっこい真っ白な犬っぽい何かが、寮の廊下をマイペースにぼてぼて歩いている。
「……ねー先生」
「うん?」
「あれも呪骸?」
携帯を片手に振り向いた五条が、虎杖の指の先を見た。ぼてぼてと呑気な顔で歩くその犬っぽいやつを視界にいれると(本当に見えているのかはまだちょっと不思議だ)、「ああ」と笑う。
「ちょうどよかった。悠仁、捕まえてきて」
「ええっ」
「いいから」
ほら早く、と急かされて虎杖は走り出した。
犬はびっくりするほどあっさり捕獲できた。前足の下を両手で掴み、持ち上げてみたそれは自分が囚われの身になったことにやっと気づいたらしく、きゃん、と一声鳴く。逃げようとしているのか、短い手足をうごうご動かしているが何の抵抗にもなっていない。なんかカワイイ、と虎杖の心がほっこりした。
そのまま二人の元に戻ってくると、伏黒がはあ、と溜息を吐いた。
「成果、出てないみたいですね」
「どうかな~」
何の話だろうと虎杖は首を傾げてみたけれど、二人とも特に何も教えてはくれなかった。
虎杖の腕に抱えられて、まだもぞもぞしている犬っぽいそれは、なんと呪骸ではなく、犬神とかいうカッコイイやつらしい。
これから会う同級生が使役している、式神みたいなものなのだそうだ。
「まあ使役っていうか、あきらの場合飼ってるっていうか」
面白そうに笑う五条に、ふうんとあまりわかっていない相槌を打ちつつ、三人は歩いた。待ち合わせの場所らしい、一年に割り当てられているという教室の辺りまで来て、向こうから小走りで廊下を駆けてくる女子に気づく。
足下をやけに気にしているなと思ったら、白い何かがまとわりついていた。こけるっ、こけるから、と焦った声がここからでも聞こえる。
「コラーあきら。廊下は走らない」
こちらに気づいてごめんなさいと謝ると、大人しく早足に切り替えて近づいてくる。
足下には白い何かがやっぱりじゃれついていて、それはきゃんきゃんと子犬のような声で鳴き、
「……そっくり」
腕の中に収まって自分を見つめてくる犬神と、ほとんど同じ姿をしていた。
「高遠あきらです」
「虎杖悠仁です」
挨拶は大切だ。
お互い丁寧に挨拶をして頭を下げあってから、虎杖はしゃがんで、犬神とやらを解放してやった。やっと自由を得た白い毛玉は、あきらについていたもう一匹と再会を嬉しがるようにじゃれあって、やっぱりカワイイなあと虎杖は思う。
「来て早々、面倒かけてごめんなさい」
あきらが眉尻を下げて虎杖を見た。虎杖は気にすんなって、と笑ってみたが、何故だか一層申し訳なさそうな顔になる。
「……訓練、上手くいってないのか」
伏黒に声をかけられ、あきらは大きく溜息を吐いて「わかんない」と答えた。
「今日は天気がいいから外で瞑想してたんだけど、ちゃんと一匹喚べたと思ったら知らない間に一匹出てるし」
恨めしげに自分の足下で仲良くじゃれる二匹を見下ろす。慣れていない虎杖の目には、もうどちらがどちらかわからないが、ひょっとしてあきらにはわかるのだろうか。
「でも前とまるっきり同じわけじゃないんでしょ」
さすが教師といったところか、元気づけるように五条が言った。
あきらは心当たりがあったらしい。そういえば、とはっとした顔で口を開く。
「なんか、お手ができるようになりました」
「…………」
「おすわりも」
しばらくの沈黙の後、五条が突然大声で笑い始めた。伏黒が溜息を吐いている。
虎杖はまたしゃがみこみ、興味深そうに近寄ってきた犬神に手を差し出してみる。
なんでそんなに笑うんですか!?という主の悲鳴のような声などなんのその、短い前足が二匹分、てしっと手のひらに乗り、虎杖は声を上げて喜んだ。