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四人目の一年生

もう一人、女の子がやってくると聞いてから、あきらはこの日をずっと楽しみにしていた。
上機嫌で制服を着て、待ち合わせの原宿に向かう。道はわからないので、同じく土地勘のない虎杖と共に、伏黒の後をついて行った。
一年が四人は少ないとか、入学は前から決まってたとか、男二人で仲良く話している二人をにこにこと見守る。会ってからまだ二日くらいしか経っていないらしいが、伏黒は随分虎杖を気にかけているようだ。やっぱり男同士、打ち解けるのが早いらしい。
性別というのは重要だ。そして、そんな重要なところが同じ一年生が、もうすぐここにやってくる。
会話にも参加せず、小さく笑っているあきらに気づいた伏黒が、怪訝そうにあきらを見た。

「……どうしたんだよ」
「なんでもないよー」

眉をあげて何かを続けようとした伏黒を、だかしかしやっとやってきた五条の声が遮った。おまたせー、と相変わらず遅刻に悪びれない担任のご登場だ。

「制服間に合ったんだね」
「おうっ、ピッタシ。でも伏黒と微妙に違ぇんだな」

五条の言葉に、虎杖が嬉しそうに答えた。そういえばそうだな、とあきらは二人の制服を見比べた。虎杖のそれにはパーカー生地のフードっぽいものがついている。

「制服は希望があれば色々いじって貰えるからね」
「えっ」
「え、俺、そんな希望出してねぇけど」
「そりゃ僕が勝手にカスタム頼んだもん、二人とも」
「…………」
「気をつけろ、五条先生こういうところあるぞ」

どことなく不満げな虎杖に伏黒が警告する。
何故だかあきらまで今気づいたというように驚いていたので、「禪院先輩の制服と全然違うだろ」と言ってやった。あきらは少し考えてから、ほんとだと呟いた。

虎杖は活発で、とても目敏い。
ぶらぶら歩くうちに次々面白そうなものを見つけては立ち寄って、手に取っている。
あきらもついつられて、おいしそうなクレープを買い、落とさないように気をつけながら食べていた。
ふと、喉が乾いたな、と思って、五条に話しかける。

「ちょっと飲み物買ってきていいですか」
「いいよ~。迷子にならないようにね」
「はーい」

あきらはきょろきょろ辺りを見渡して、タピオカを売るワゴン車に目を付けた。

「――私って、つくづく環境に恵まれないのね」

あきらがタピオカミルクティーを手に入れて、なんとか合流を果たしたころには、なんともう新入生との自己紹介タイムが終了していた。
茶髪のボブの女の子はなんだか不満げにうなだれている。制服の形が全然違うけれど、高専の生徒の証のうずまきのボタンがしっかりついていた。ドリンクカップとクレープを持って、あきらはこちらに気づいていないみんなに向かって「あの!」と声をかける。
三人ともあきらの方を驚いたように見た。

「高遠あきらです!よろしく!」
「なんだ、女子もいるじゃない。釘崎野薔薇よ、よろしく」

釘崎と名乗った女の子はそう言って明るい笑みを浮かべた。別に今までが寂しかったというわけではないのだが、心の奥から嬉しいという気持ちが沸き上がってきて、あきらはえへへと照れた笑顔をつくる。
両手が塞がっていなければ、握手でもなんでもできたのに、ちょっと惜しいことをしたかもしれない。

そんなことを考えたあきらの足下にはいつのまにか犬神がちょこんと座っていて、その犬らしからぬ風貌に驚いた釘崎がなにこれと騒いだ。

「あ、えっと、私の……えっと…………犬です」
「犬神ね」

五条の訂正が入って少し恥ずかしくなる。みんなはあきらの連れる犬もどきを指して犬神と言うけれど、大層な呼び名すぎて自分で言うのはまだ慣れない。

「犬神ぃ?」
「そいつ、お手とかできるぞ」
「はあ?」
「二級くらいまでなら呪いも食えるらしい」
「はああ?」

釘崎が訝しげな顔で、どこか得意げな顔をしている犬神をじいっと見る。
しばらく見つめ合って、ダメだわわからん、と目を逸らした。

「さて、一年四人揃ったところで今日のイベントの発表です」

仕切り直しというように五条が手を叩いた。

「……どっか行くんですか?」
「フッフッフ、せっかく四人が揃って、しかもそのうち二人はおのぼりさんときてる」

少し間を置いて、五条は言った。

「行くでしょ、東京観光」
 

**
 

と、そこから一悶着あり、東京観光と言う名の呪術実習が幕を開けた。
六本木の端の端に位置する古びたビルに発生した呪いを祓えとの仰せだ。五条は虎杖と釘崎の二人を指名して、ついでに武器のない虎杖には呪具を支給していた。
いってらっしゃいと二人を送り出し、ビルのよく見える位置に三人で座り込む。

やっぱ俺も行きますよ、と伏黒が言った。

「無理しないの、病み上がりなんだから」
「じゃあ私が」
「あきらはダメ、そこで瞑想してて」
「はい……」

なぜかやる気を出しているらしいあきらはダメと言われて少ししゅんとしていた。それでも言われたとおり瞑想を始める同級生を横目で見ながら、伏黒が続ける。

「……虎杖は要監視でしょ」
「まあね、でも」

五条は一旦言葉を切った。

「今回試されてるのは、野薔薇の方だよ」

瞑想をしていると寝ているのかなんなのかわからなくなる時があって、今回もそんな感じだった。
ふと気づくとあきらの腕の中には喚ぼうとしていた通りの三つ目の犬神がいる。

「お疲れサマンサー!」

明るくていい加減な五条の声も聞こえてきて、慌てて顔を上げれば帰ってきた二人の姿があった。
虎杖の方は子供を腕に抱えていて、釘崎の方は何故か、あきらの犬神を抱えている。ひえっと引きつった声が出た。

「コラー!!」

昨日は虎杖、今日は釘崎。
また人に面倒をかけてしまった。瞑想の成果を疑いながらあきらは慌てて釘崎に走り寄る。

「ごっ……ごめんなさい」
「なんで謝るのよ」
「手間かけさせて」
「はあ? まあいいけど。はい」

あきらの慌てように首を傾げた釘崎が、犬神を差し出してきた。恐る恐る受け取ると、「ちょっと助かったわ」と釘崎が笑った。

「ありがと」
「……!!」

釘崎はそんなに大した会話をしていたつもりはないようで、礼を言うなり先生たちのところに行ってしまった。
あきらの方はその場で一人固まって、半ば呆然と呟く。

「……お礼言われたの、初めて」

きゃん、と誇らしげに犬神が鳴いた。

思えば生まれてこのかた、この不思議な生き物はあきらにしか見えていなかった。
この学校に来てからは、みんな見えているけれど、基本犬神はその辺をふらふら歩いて遊んでいるだけで、何か褒められるようなことをしたことはなかったのだ。
そうかあ、とあきらはなにか納得したように呟いた。

「この子たちも、人の役に立てるんだ」

何してんのよ、これからザギンでシースーよと釘崎がこちらを振り向いてあきらを急かしている。
あきらはうんと頷いて、犬神を大事そうに抱いたまま、みんなの元へと走った。