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おこった

高専にやってきて夜蛾学長との面談を終え、五条に学内の案内をしてもらった時のことだ。

「うん、大体見て回ったかな。学内はこんな感じ」
「え」

あの辺とかまだ見てないです、と遠くのお寺のような神社のような建物を指さしたあきらに、五条はあれはハリボテだから見ても何もないよ、とあっけらかんと言った。本当なのか嘘なのか、付き合いの浅いあきらは判断できない。とりあえずそうなんですかと頷いておく。
ちょっと興味があったのだが。
残念そうにしている生徒は気にせず五条が「何か聞いておきたいこととかある?」と声をかけた。
あきらは考えて、何か思いついたようにあっと口を開く。

「入っちゃいけないところとか、あったりしますか?」
「うん?」
「その、散歩とか、しないといけなくて……」

よくわかっていない五条にあきらは説明を加えた。
犬神は普通の犬と同じく散歩が好きだ。実家にいたころからだが、天気のいい日なんかは特にあきらを外に連れ出そうとする。
あきらも散歩は好きだったし、何より放っておくといつまでもきゃんきゃんくんくん鳴いてうるさいので、付き合ってやるのが習慣になっていた。

「なるほど」

ますます普通の犬みたいだね、と五条がからかう。

「まあ、基本的に敷地内はどこに行っても大丈夫だよ。入っちゃいけないようなところは鍵がかかってるし、絶対に入っちゃいけないところは門番がいるから」

自由にしていいよ、とポンとあきらの肩を叩いた。あきらはよかったと思いながらありがとうございますと返した。

そう、そんなことがあったので、今まで通り天気のいい昼下がりや午後の授業がない日などは、あきらはしろと名付けた犬神と共に暢気に散歩をしていたりする。
短い尻尾を振りながら前を歩く犬神は、なんだか平和の象徴のようで、少し周りが物騒になってしまったあきらにはいい気分転換になった。

「あんまり先に行かないでね、しろ」

きゃんと元気のいい返事が響いたが、わかっているかはわからない。草むらに頭を突っ込んだり、飛んでいるちょうちょに気を取られたり、しろは今日も楽しそうだ。
後ろで腕を組み、あきらはのんびりと森の中を歩く。風が時々さわさわと頬を撫でていくのが心地よかった。

「きゃん!」
「はいはい」

ふと見ると犬神が随分先を行っていた。遅れている主人を責めるように鳴くので、苦笑して小走りになる。
追いついた。
……と思うとまたたったと走って、随分先で止まった。

「きゃん!」

それを何度も繰り返したので、さすがのあきらもやっと行きたいところがあるのだと気づいた。
普通の術師からすれば式神に行きたいところも何もないだろうとなるのかもしれないが、あきらにとってはよく慣れた振る舞いだったので、はいはいと案内されるがままに後に続いた。
それをまだまだ繰り返すこと数回。

「きゃん!」
「……ちょっと待って」

森が深くなったような気がしだしてからはちょっとやめた方がいいかなと思っていたのだ。高い木が日差しを遮り、鳥の声も聞こえなくなった。そんな中を犬神はずんずんと恐れを知らずに走っていく。
止まったのは注連縄の奥だった。
一般的な日本人として、そういうものの奥に行ってはいけないという常識をあきらは持ち合わせている。戸惑うあきらを置き去りにして、犬神はきゃんきゃんとあきらを呼んだ。

「待って、こっち来て」

その場でしゃがんでしろ、しろちゃんと呼んでみるが犬神はつんとしている。気を引くようなおもちゃも持ってきていないし、まさかこのまま何を仕出かすかわからない犬神を置いて寮に戻るわけにもいかなかった。
困り果てたあきらはしばらくうんうん考えて、それでちょっと怒られる覚悟を決めた。

「そこ動かないでよ」

恐る恐るというような足取りで、そうっと境界を越えてみる。
なるべく静かに、大人しくおすわりをしている犬神の元へ向かった。やっと抱え上げて、ほっと息を吐いたところで。

「きゃん!」

知らない間に現れていた二匹目の犬神があきらの横を駆け抜けて、奥へ奥へと進んでいった。
 

**
 

こんなことってあるのだろうか?

必死の鬼ごっこを繰り広げた先で、途中何がなんだかわからない階段も降り、たどり着いたのは地下室だった。
石造りの薄暗いその場所で、ようやく捕まえた犬神を抱え上げ、目線をあげた先には、

「あ」
「あ!」
「……え?」

死んだと聞かされた同級生と、担任の教師が揃ってこっちを見ていた。

予期せぬあきらの登場に、それから予期せぬ同級生の生存にそれぞれ動きを止めた三人だったが、一番最初に正気に戻ったのはあきらの犬神だった。
まず一匹目が五条に向かって飛びかかり、届かないながらも一生懸命攻撃をくわえている。
その間にも二匹、三匹と犬神は増えていき、五条に向かっていった。虎杖は少々困惑気味に、五条をキッと睨みつけて動かないあきらを見る。
普段ならごめんなさいやめなさいと慌てに慌てているはずのあきらが、自分から犬神を人にけしかけているのを虎杖は初めて見た。

「アハハ、おこった?」
「しろ!」

もちろん攻撃なんて綺麗に防ぎながら、五条があきらに声をかける。あきらは答えず、ただ厳しく犬神の名前を呼んだ。また数匹増えた犬神がぎゃんぎゃんと五条を取り囲み、だが外見がカワイイので、五条は多分面白がるだけだろう。

「あー……、高遠?」

遠慮がちに呼ぶと、あきらは一瞥をくれた。怒っている。

「その、ごめん……」
「野薔薇ちゃんと伏黒を呼んできます」

あきらが刺々しい声で言う。くるりと虎杖に背を向けて、出口へ向かおうとした。犬神に囲まれたままの五条が、ダメダヨ~と軽薄な発音で呼び止めた。

「なんでですか!二人とも、あんなに……」
「まだ危ないからね。悠仁が生きてることは広めたくないんだ」

噛みつこうとしたあきらだったが、危ないと聞いて疑問を持ってしまった。こうなったらもう五条の勝ちだ。
口の端を吊り上げて、「あきらも共犯になっちゃおうか」と五条が笑った。
 

**
 

「…………あきら、いい加減どうにかしてよ」

説明したでしょと五条はちょっと困った様子で言うが、あきらは頑なだった。
きゃんきゃんぎゃんぎゃんと犬神たちが攻撃をする中で説明とやらは行われ、必要性だとか、危険性についてある程度納得はした。したけれど。

「嫌です」

ふんと鼻を鳴らすあきらはまだ怒っていて、ということはまだまだ犬神の攻撃は続く。

「お墓のこと聞いた時も私のこと笑ってたんですか」
「えー、いや、面白いなとは思ったけど。嘘はついてないし」
「面白いって!やっぱり!!」

あきらがさらに怒る。「俺のためらしいし……」と擁護に回ろうとした虎杖も、一睨みされるとしゅんとして黙った。

「先輩たちが先生のことバカ目隠しって言ってた意味がやっとわかりました」
「え、え?」
「虎杖のことは黙ってますけど、しばらく近寄らないでください!」
「なんかほんとごめんな……」
「虎杖には怒ってないよ」

そう言いながらも声は怒っている。

あきらの怒りは強かった。

しばらくの間犬神は会う度に五条に襲いかかったし、止めもしないあきらのことをみんなは少し不思議がったけれど、まあ相手がバカ目隠しなので誰も深くは考えなかった。普段の行いがというやつである。