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五条の後悔

実習で疲れて帰ってきたところに、あんまりまともではない一つ上の先輩の姿を見つけて、あきらはげえっという顔をした。寮の共用スペースのソファーの上で、特徴のある白頭がおもちゃの気配を察知してかこちらを振り向く。
隣を歩いていた七海は一瞥をくれ、迷うこともなく自分の部屋へと足を進めた。あきらも見習って早足で女子寮の方へと向かう。

「あきら、七海。ちょうどいいところに」
「……」

背後から聞こえる声は二人揃って無視をした。けれどそれを許すような先輩ではない。

「オイコラそこの二人。こっち来い。先輩命令」

先輩命令とはつまり、無視をすると後々面倒なことになる命令のことだ。あれでわりと根に持つタイプの五条をむくれさせると特に面倒くさい。
あきらと七海は同時に足を止め、顔を見合わせた。精一杯嫌そうかつ迷惑そうな顔をして、とりあえず五条の方を向く。

「私たち実習帰りで疲れてるんですけど」
「それ俺に関係ある?いいから来て」

結構機嫌が悪い。心底関わりたくなくてあきらが一歩後ずさる。七海は諦めたらしく、ひとつ深いため息を吐いて、五条の座るソファーの方へと一歩踏み出した。その制服を咄嗟に掴んで止めると、怪訝そうにあきらを見る。

「やばいって」
「……そうは言っても仕方ないでしょう」
「何してんの。はや……あイテッ」

不機嫌な五条の催促が途切れ、あきらたち二人は五条を見た。あーくそっ!!と苛立たしげに立ち上がった五条は熊のぬいぐるみのような何かをなんとか押さえつけ、頭をわしづかむ。手にはめたグローブを振り回して暴れていた熊はすぐ大人しくなり、ぐうぐうと静かに眠り始めた。

顔に殴られた跡をつけた五条を二人でまじまじと見つめていると、五条がサングラスをかけ直し、こちらを睨んだ。

「……何見てんの」
「いえ」

七海が五条に近づいていっても、もうあきらは止めなかった。あきら自身も興味津々で、五条の方へ歩き出したからだ。

要するに罰なのだ、と五条は言った。

「今日の実習で加減間違えちゃってさー」

建物全壊。でもちゃんと呪霊は祓ったんだからよくない?ひどいよね?と同意を求められ、七海はそうですかと適当に頷いた。あきらの方はテーブルの上に広げられたたくさんのDVDのパッケージを眺めている。

五条が膝の上に抱えているぬいぐるみは、夜蛾先生お手製の呪骸なのだそうだ。一定の強さで呪力を常に流し込まないと目を覚まして、五条に襲いかかる。
それを抱えて、面白かったりつまらなかったりする映画の数々を鑑賞することと言い渡されたらしい。術式禁止の縛りもつけられ、だから先ほどは大人しく殴られていた。
流し込まないといけない呪力はごく僅か。大ざっぱで力の有り余る五条には、なかなかつらい罰だった。

顔がにやけるのをおさえきれていないあきらが、大変ですね~と楽しそうに言ったので五条はまた苛立った。
腕の中のぬいぐるみがもぞっと動いたので、慌てて呪力を調整する。大人しくなった。

「……傑は仕事があるってどっか行ったし。硝子は読まないといけない漫画が溜まってるから忙しいんだって部屋に帰った」

というわけで映画鑑賞付き合ってと五条は言った。
一人は寂しいからと小学生のような理由を続ける。あきらは五条の状況は面白いが、疲れているし早く部屋に帰りたいのでえーと不満そうな声を出した。

「先輩命令」
「…………」

じっとりと見つめてきたって怖くも何ともない。
あきらが黙り込むと、今度は七海が口を開いた。

「構いませんが」
「おっ」
「えー!!」
「……構いませんが、映画はこちらで決めます」
「いいよ」

珍しく乗ってきた七海に愉快そうに笑いかけると、七海は大して迷うことなく、テーブルの上に並ぶパッケージの中からひとつを手に取った。

「これで」
「…………」

提示されたそれを五条がまじまじと見た。
パッケージには見るからに作り物とわかるサメが大きく写されている。ヒロインらしき女優とその他数人が恐怖に顔をひきつらせていた。

「……七海、これさ、絶対面白くないよ」
「でしょうね」
「…………他のにしよ」
「なら一人で観てください」
「………………」

頑固な後輩は意地でも折れそうにない。
あきらがやっとぴんときた顔をした。

「つまらない映画観るのってしんどいもんね。七海ナイス」
「…………」

かくして後輩たちを巻き込んだB級映画鑑賞会は幕を開けた。ぬいぐるみに殴られる五条という絵を期待してワクワクしている二人を前に、五条は珍しく、後悔なんてものをし始めた。