「五条先輩を誘き出すにはどうすればいいですかね」
真剣な表情の後輩にそう尋ねられ、硝子は思わずんん?と首を傾げた。その反応を聞き損ねたと判断したのか、あきらはもう一度、真剣この上ない表情で、
「五条先輩を誘き出すには、」
「いや聞こえてる」
「そうですか」
途中で止めると大人しく頷く。そして硝子の答えを待った。
一つ下の後輩から、相談があります今から部屋に行ってもいいですかと突然メールがあり、いいよ〜と適当に答えて部屋に通したらこれだ。
真っ正面にわざわざ正座して座るあきらを見ながら、うーんと硝子が唸る。
「どこに誘き出すわけ?」
「……今のところ、練習場かなと」
「んで、誘き出して何すんの?」
言いながら硝子も可能性を考える。
最初に過ぎったのは、『告白』という青春ワードだった。
だがそもそもそれなら誘き出すだなんて言葉がおかしい。まるっきり獲物に対する表現だ。肉食女子というやつならもしかして恋愛は狩りなのかもしれないが、言っているのが硝子の前で目を丸くしている後輩だと思うとその可能性はないだろう。
であれば。
不思議そうに首を傾げたあきらが、えっと、と唇を開いた。
「どうにかして五条先輩に一撃入れたくて」
「アハハ!」
やっぱりそうか!と硝子は笑った。物騒な言葉に似合いの、物騒な理由があるらしい。
面白い話になってきたので、ちょっとタバコが吸いたくなってきた。部屋の中では吸わないようにしているから、この話が終わるまではお預けだ。
「またなんかやらかしたの?」と笑い混じりに尋ねると、あきらがぎゅっと唇を引き結ぶ。眉間に皺、こめかみに青筋が浮き、ぎりぎりと拳が握られた。どうやら余程腹に据えかねることがあったらしい。
あいつもホントちょっかいの出し方が下手くそだな、と女子への態度が小学生並な同級生の顔を思い浮かべていると、「とにかく」あきらが口を開いた。
「明日と明後日がお休みなので、その間に準備して、迎え撃とうと思って。でもそのためには五条先輩をこう、うまく連れてこないと、意味が……」
「なるほど」
うんうん頷く。
定めた範囲に細工をし、自分に有利な空間に作り替えるというのがこの後輩の持つ術式だ。効果はかけた時間に比例する。
明日明後日と入念すぎる準備をするならば、ひょっとすると五条とも少しの時間は渡り合えるかもしれない。
いやあやっぱり面白いな、と思って、硝子はにっこりと笑いかけた。
あきらがう、と何故か怯む。
「やっぱ無理ですかね……?」
「いーや、簡単簡単」
「え?」
「絶対来るから安心しなよ」
にやあと笑う硝子は、まだ半信半疑、と言う感じのあきらに、ひとつ策を伝授した。
**
「ん?」
携帯が震えた。ポケットから折り畳み式のそれを取り出すと、五条は何気なくパカッと開く。新着一件、後輩からだ。
「…………」
「どうしたんだい?」
さっきまでテレビを見て馬鹿笑いしていたはずの親友が携帯の画面を見つめて黙り込んだので、夏油は声をかけた。
寮の共用スペース。休日の夜。就寝までの暇潰し。二年三人でのくつろぎの時間。
それをいきなり中断した五条は夏油の言葉も聞こえていないような仕草で、壁に掛けてある時計をバッと見た。おもむろに立ち上がる。
「悟?」
状況をわかっていない夏油が再度問うと、五条がやっと夏油に顔を向けた。にやーっと嬉しいんだか楽しいんだかわからない、後輩達が向けられたらきっと一目散に逃げるだろうなというような笑顔を向ける。
「ちょっと行ってくる」
「え?どこへ?」
「練習場」
もうすっかり暗くなったこの時間に練習場。疑問が顔に出ていたのか、五条がふふんと笑って、「あきらから呼び出し」と付け加える。
「ええ……?」
「じゃ、すぐ戻るから!」
言うなり五条は鼻歌まで歌いつつ、意気揚々と歩き出した。すぐ見えなくなった背中に、なんだか腑に落ちない気持ちを覚える。
「ふー」
そこでずっと黙っていた硝子が、読んでいた雑誌をぱさっと閉じた。雑誌を机の上に置き、うーんと伸びをし、立ち上がる。
そして自分を見つめる夏油に向かって、一言。
「夏油も行く?」
軽い口調で言った。何か知っているらしい。
「……どういうことか、説明してもらっても?」
にかっと笑った硝子が「あきらに相談されたんだよね」と言った。
「相談?」
「五条を練習場に誘き出すためにはどうしたらいいですかって」
「…………それで?」
言葉のチョイスが物騒だ。頭の中でもしかしてと思っている間にも、硝子は続ける。
「だからさー、普通に『話したいことがあるので、8時に練習場に来てください。』とか普通にメールしたら一発だって教えた」
「まあ行くだろうね」
告白とかそういうものであってもおかしくない文面だ、それは。本人が頑なになるだけだから言わないが、普段からあきらにちょっかいをかけている理由をしっかり把握している夏油としては、五条が考えることが手に取るようにわかる。あれは結構自信家な面もあるし、この呼び出しが自分にとって都合のいいものであると、きっと疑いもしないだろう。
だが夏油は五条ではないので、今五条を練習場で待ちかまえているあきらがどんなつもりでいるのかわかってしまう。もうわかってしまった。
「また何かしたのか?」
「知らない、聞いてないから。で、夏油」
一呼吸置いて、座ったままの夏油に、硝子が視線を投げる。
「行く?」
「うーん……」
親友を哀れに思う気持ちとこの状況を面白がる気持ち、それからどちらにせよ騒ぎになることは間違いないので、いざという時に収めなければという責任感。
いろんなものが綯い交ぜになった結果、夏油はコホンと一つ咳払いをして立ち上がった。
「面白そうだ」