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逆行3

意外だったのはお咎めがほとんどなかったことだ。御三家という立場が影響したのか、どこかから口添えでもあったのかはわからないが、星漿体の護衛の任務をほぼ放棄した悟は、もちろん何やってるんだこいつという目をあらゆる人間から向けられながらも、表立って非難されることはなかった。もちろん帰ったら家で何を言われるかはわからないが、それは本人もわかった上での行動なのだろう。
感謝を見せていたのは星漿体とそのメイドである。今回のことで役割を完全に失った彼女らは、さすがにことの重大さを自覚してかお礼などを口にすることはなかったが、星漿体の少女は悟の服の端を掴んでずっと涙ぐんでいた。高専から去るために車に乗り込んだときも、ぼろぼろと泣きながらこちらに手を振って、悟はそれを少しだけ困ったような顔で見やって、あとは振り向かなかった。

本当に何が起こったのかと思う。

高専がらみになると悟の様子はいつもおかしい。

高専に行くと言い出したり、やっぱり行かないと言いだしたり、重要任務を放り出したり。
次の夏にはなぜか、どこから知ったのか高専の生徒に当てられていた任務を無理に横取りし、また当主の頭を悩ませた。
つい先日にあきらに伏黒甚爾ってやつの子供探して、と意図のわからない頼みごとをしてきたかと思えば、今日は自室のカレンダーを見て目を細め、「高専行く」と言い出した。

「こ、高専にですか?呼ばれてもいないのに?」
「確かめたいことあってさ」
「はい?」

いいから早く新幹線の予約取って、と急かされ、あきらは少しやけくそ気味になりながらも言われた通りの手配をした。
今回は勝手に行くので、迎えに来てくれる補助監督もいない。東京駅から電車に乗り、高専の最寄り駅まで向かうことになった。初めての道のりを間違えないよう少し気を張っているあきらをよそに、悟はなぜだか慣れたように乗り換えを先導し、田舎へと向かう電車に乗った。

連絡は一応入れていたから、門をくぐることを咎められることはなかった。スタスタと先を行く悟に続き、あきらは高専の敷地内を歩く。寮らしき方に向かってみたり、校舎の方に行ってみたり、ふらふらと悟はあちこちに足を運んだ。迷子になっているのかと思ったが、それにしては足取りに迷いがない。

「悟様」

また方向転換した主に、困った表情のあきらが問いかける。

「ん?」
「次は、どちらへ向かうんですか?」
「待機室」
「……何を探しているんです?」
「ナイショ」
「…………」

わけもわからず連れ回されて恨めしげな顔をしているあきらを無視し、悟はしばらく歩いて、言った通り待機室を訪ねた。高専所属の術師たちが任務までの間の待機に使っている部屋だ。古びた木の扉を横に引く。
そこにはいつか見かけたような、高専の制服を着た黒髪の少年少女と、高専という場所に似つかわしくない小さな女の子が二人、机に向かって座っていた。小学生くらいだろうか。小さな手に鉛筆を持って眉を寄せている二人を、微笑ましそうに眺めながら、こうするんだよ、そうそうなんて言っている。勉強を教えてあげているらしい。

見たところ悟と年も変わらないだろうに、この子たちは随分落ち着いているなあとあきらが遠い目をしていると、少年の方が入り口に突っ立っている悟とあきらに気づいた。

「えっと……ああ、確か五条家の」

あきらはともかく悟の方は目立つ容姿をしているから、どうやら知っているらしい。動く様子も答える様子もなく固まっている悟のフォローのつもりで、あきらは穏やかに微笑んで、「お邪魔してしまってすみません」と会釈する。

「お勉強ですか?」
「はい。実習まで時間があるので、その間だけですが」
「面倒見がいいんですね。どこかの誰かにも見習ってほしいものです」

悟への嫌味のつもりで言ってみたが、反応はなかった。いい加減どうしたんだろうと少し心配になったところで、目の前の主が口を開いた。どこかぎこちない、緊張の滲む声だった。

「五条悟」
「……え?」
「俺の名前」

いきなり部屋に入ってきた和服姿の御三家の人間に、唐突に名乗られた少年たちは、驚いたように目を丸くしている。

悟は構うことなく、真剣な眼差しで彼らを見据えて、「オマエらは」と質問を投げかけた。

「……夏油傑」
「家入硝子ー」

戸惑ったような声とのんきな声が、それぞれ自分の名前を答える。「おう」と頷いた主の声は久しく聞いたことがないくらい嬉しそうで、あきらはとうとう「本当になんなんですか!?」と大きな声を上げてしまった。