旅支度をしていたら、累がやってきた。多分誰かが告げ口をしたんだろう。
近づく足音は静かなのに、辺りの空気がぴりぴりとして肌に痛い、ような気がする。
「姉さん、どこに行くの」
「ちょっと旅行に」
答えた瞬間には糸が飛んできていて、せっかく整えた支度を切り刻もうとしてきた。だがまあそうくることはわかっていたので、あきらはそれらをひょいと背負って、軽く飛び退く。
「おみやげは買ってくるって。何がいい?」
「そんなもの、いらない。ここにいて」
「嫌だ」
「駄目だよ」
馬鹿だなあ、とあきらは思った。
累は家族とか絆とかそういったものに異常に拘る。訳は知らない。でも大抵、強くなる鬼っていうのはみんな変なことに拘っているから、そういうものなんだろう。
累の糸をひょいひょい避けつつ、あきらは何も持たない手のひらを上に向けて、軽く握る動作をする。累の髪が少し、大きな音を立てて弾けた。
「累ったらお馬鹿さん。私をどうやって止めるつもりなの」
私の方が強いのにい、とからかうように笑うと、答えるかわりに糸が飛んできた。結局それだって、あきらの肌さえ斬れやしないのだ。
「許さないよ」
「わはは」
あまりやり合うとこの山が崩れる事態になりかねないので、あきらは今回も早めに退散することにした。
背を向けたあきらを、ゆるさない、と苛立ちに満ちた声だけが追いかけてくる。気にすることもなくあきらはとっとと軽い足音を立てて歩いていく。阻むものなんてどこにもなかったので。
「累ったら、本当にお馬鹿さん」
恐怖でしか、人を縛れないと思っているのだ。
ここにいてじゃなくって、行かないでと。
許さないじゃなくって、寂しいと。
きっと『家族』とやらの大半は鼻で笑ってしまうだろうけど、それで縛れる相手だって、確かにいるというのに。
「おみやげは本にするよ」
追いかけてはこないかわいい弟に、あきらは上機嫌で呼びかけた。いらないと再度答えた馬鹿な幼子は、あきらがここに戻ってくる理由すら、わかっていないに違いない。