※メカ丸は死なないのでメカ丸生存が確定する前に死んでる話を書きます
高遠あきらは裏切り者だ。
「やっほー、メカ丸」
夏油の後ろからひょっこり顔を出した時、初めて見る素顔の同級生は一瞬顔を強張らせた。
黒い高専の制服、襟元についたうずまきのボタン、いつもの表情、いつもの挨拶。意味することはたった一つだ。
刹那の動揺の後、すぐに取り繕われた無表情を見て、あきらはさすが術師だなあと感心の気持ちを覚える。
「——始めようか」
すっかり綺麗になって、望みを叶えた彼の姿を見て、そしてそれがもうじき永遠に失われてしまうことを思い、あきらの胸は少しだけ痛んだ。
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「あーつかれた!」
結末は想定内と言えた。
いつの間にか用意していたらしい大きな機体に乗ったメカ丸は、こちらの予想外の奮闘を見せ、真人に攻撃さえ通して見せたけれど、力の差は明らかだった。
装甲の残骸を楽しそうに蹴り飛ばし、伸びをする真人はピンピンしている。消耗はしているがすぐ回復するだろう。
あきらは真人を横目に、足場の悪いそこをトントンと軽い足取りで登る。操縦席にまで辿り着く。そこには同級生の文字通り変わり果てた姿がある。
「……真人さん真人さん」
呼び慣れた名前を繰り返すと、真人があきらの方を見上げた。どうしたの、と聞かれて、あきらは少し口籠る。一呼吸置いて、「メカ丸、元に戻してあげて」と言った。
「はあ?どうせもう死ぬでしょ」
「それでも、お願い」
「やだよ。面倒だし意味ないし〜」
「真人さん」
あきらは真剣だった。そしてその真剣さは、真人の癇に障ったらしい。
フンと馬鹿にするように笑うと、あきらを見上げて「じゃあ交換条件ね」と言い放った。
「どんな?」
「あきらのこと触らせてくれたら、そいつのこと戻してあげる」
「真人」
いつの間にかそばにいた夏油が口を挟んだ。口調が厳しいのは当たり前だ。真人の術式を少しでも知るものなら誰でも、今の言葉の意味はわかるだろう。
そっぽを向いた真人に溜息をついて、そろそろ出るよと夏油が言う。
「田舎とはいえ無許可の帳だからね。窓から連絡が入ってるかもしれない。あきらも、彼のことは残念だが——」
「いいよ」
「え?」
「真人さん、触っていいからメカ丸を戻して」
「……あきら」
眉間に皺を寄せた夏油が叱るように名前を呼ぶ。しかしあきらはそれを無視して、真人さん、ともう一度呼びかけた。譲る気はないらしい。
「…………ほんとにさあ、ガキって面倒くさい」
「真人」
「わかってるよ、これはサービス。二度とやらないからね」
深々と溜息を吐いて、真人が操縦席の方へと飛び上がる。あきらの横を通り過ぎ、念入りに遊んだばかりの生き物の成れの果てに近づいた。
死んでいればどうにもならないということもできたのだが、こんなになってもまだ魂までは死んでいないのだから、呪術師という生き物は本当にしぶとい。
「……言っとくけど」
「はい」
「戻すのは外側だけだよ。中はもうグッチャグチャだし」
「うん」
あきらが頷く。何がしたいのかわかんないなーとごちながら、真人はそれに手を当てた。
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多分また、随分乱暴にしたのだろう。
メカ丸が息をしなくなったのは、真人が形を戻してからすぐのことだった。
とうの昔に意識はなかった。痛みの閾値を超えたのか、目を閉じた彼の表情は思いの外穏やかだったように思う。
血で汚れた顔をポケットに入れていたハンカチで拭ってやり、あきらは夏油に呼ばれるまでの間、横たわる彼のそばでじっとしていた。
「あきら、そろそろ行くよ」
はい、と答えて立ち上がる。
一歩踏み出してから振り返り、ぴくりとも動かない同級生の体を眺めた。
これが彼の望んだ姿だ。
生まれつきの呪縛から脱して、大事な人たちを裏切って、知らない誰かを犠牲にしてまで望んだ体。
あきらに罪滅ぼしのつもりはなかった。これはただの自己満足だ。
「……じゃあね、メカ丸」
お別れの言葉を残して、あきらは同級生の亡骸に背を向ける。結局最後まで、彼の本当の名前を彼女は呼ばなかった。