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緑間が仲間になるまで/krbs

春がとうとうやってきて、うちの部は雰囲気をがらりと変えた。当然っちゃ当然である。なにせ新しい人間がたくさん入ってくるのだから。うちは誰もが認める強豪校であるから、最初の入部者はかなり多い。そこから何人が残っていくかはわからないけれど、だいたい新二年と三年をあわせたのと同じくらいの人間が、今年も入部届を出しに来た。それはいいのだ。去年と同じだから。
違うのは、いけないのは、今年の新入生にキセキの世代と呼ばれる天才が一人、入ってきたこと。
新入生が入学してくる少し前、監督に呼び出され、私たちは短いミーティングをした。

「キセキの世代、緑間真太郎を獲得した」

監督はいつもとなんらかわりない口調で言った。私たちは静かに息をのんだ。キセキの世代がどんなものかは、少なくともこのスポーツに携わる人間なら誰もが知っている。彼を獲得できたことは喜ぶべきことだとわかっていた。他の学校が獲得するより、うちに来てもらった方がいいに決まっている。けれど私は素直に喜べなかった。まわりのみんなも難しい顔をしていた。

「これから三年間、彼を中心にチームを作ることになる」

そうだ。これで、私たちが作り上げてきたチームは、一度死んでしまうのだ。緑間と同じポジションにいた子は新三年生だった。次の日、彼は退部届を提出した。

「オレが退部してた可能性もあったな」

いつも遅くまで残って練習している宮地とは、よく一緒に帰った。方向も一緒だったし、夜道は危ないからといって、夜が早くなってからは家の近くまで送ってくれたりする。いいやつなのだ。

「なんで?」
「そりゃお前、上がいなくなってやっと試合に出れると思ったのに、一年に天才が入ってくるからやっぱり駄目なんて言われてみろよ。辞めたくもなるっつの」
「……これからうち、どうなると思う?」
「知らねーよ。……でも、まあ、強くなるんじゃねーか」

そう言いながらも、納得いかない、という顔をしていたのを、私は見逃さなかった。
 

新一年生が入ってきて、チームは本当に新しく生まれ変わった。緑間は噂通り相当な変人で、わがままだった。同じ一年の高尾がうまく面倒を見てくれていたから助かったが、イライラする場面はたくさんあった。日々変わるラッキーアイテム然り、日に三つのわがまま然り。
練習試合も公式試合も、当然のように緑間が出たり、出なかったりした。おは朝の占い如何で試合に出るかどうか決めるらしい。大事な試合じゃない時はそれがわがままとして通る。馬鹿げた話だと思った。
緑間が時折放つボールを、私はとても無感動にベンチから眺めていた。まるで何かの決めごとみたいに、全てのボールがゴールにかすりもしないで入っていく。それを見届けた後、私も含め、みんなが当然だろって顔をして、すぐに始まる次の攻撃に備えた。

「高遠先輩」
「高尾。お疲れー、どうしたの」
「ドリンク運ぶの手伝いますよー」
「ありがと助かる。……緑間は?」
「なんか微妙に調子がでないらしくって。監督に許可もらって、今日は一日別メニューっス」
「へー」
「聞いたわりには興味なさそうっすね」
「だって。そんなことしなくたって、緑間のシュートは落ちないでしょ」

ドリンカーをよいしょっと持ち上げた高尾が、とても変な顔をした。

「……わかってるよ。でも、それくらいじゃないと駄目なの。それくらいじゃないと、意味がない」

高尾は何か言いたげに口を開いて、また閉じた。言いたいことなんてわかっている。あいつのシュートは運とかそんなものじゃなくて、努力の塊だ。でもそうじゃない。そういうものじゃ、足りない。
 

緑間真太郎を擁した秀徳高校バスケ部は、されどインターハイの地にはいけなかった。誠凛という、無名とは言わないまでも、確かに格下の高校に負けたのだ。
緑間のシュートは一度も外れなかった。みんな目立ったミスはなかった。けれど番狂わせともいえない展開で、私たちは敗北したのだった。誰のことも責められなかった。そういう試合だった。
ぽろぽろと涙を流すみんなの中で、私は半ば呆然としていた。

「少し外に出てきます」

緑間が、言った。誰も止めない。私も止めなかった。
するりと私のすぐ横を通って、緑間が出ていく。悪態をつく奴がいた。気持ちはわかった。けれど同調することはできなかった。監督がなにか言っている。たぶん冬が待ってるとかそんなことだ。どうだってよかった。

「スンマセン。俺、緑間連れて帰るんで、お先に失礼します」

監督の話が終わった後、人当たりのいい笑みを浮かべながら、高尾が頭を下げる。ドアの閉まる音で我にかえって、後ろ姿を追いかけた。

「高尾!」
「え? あぁ、どしたんスか」
「これ。返してくれなくていいから持って行って」

使うことのなかった予備のタオルを差し出した。高尾が目を丸くする。

「風邪ひくなって、言っといて。まだ、終わってないんだから」
「……はい」

胸に押しつけたタオルを受け取った高尾が返事をする。なんとなく顔は見れなくて、私は慌てて背を向けた。高尾の足音が遠ざかっていく。
 

次の練習の時、至って平常通りの緑間が練習に出てきて、なんだかホッとした。それを表には出さないように気をつけながら仕事をする。しゃがんで作業をしていた私に影が落ちた。

「高遠先輩」
「……緑間」

緑間と話をするのは、思えばこれが初めてだった。別に話をする用事もなかったからだ。避けていた、というのもないとは言えない。しかし緑間の方も話しかけてはこなかったから。

「この前はタオルをありがとうございました。高尾に聞きました」
「……別に、タオルなんて緑間も持ってたでしょう」
「……ありがとうございました」

助かりましたとか、持ってませんでしたとは言わないのだ。緑間はなかなか嘘がつけない。プッと吹き出した私に緑間が身体を強ばらせた。

「……何よ」
「いえ、笑ったところを近くで見るのは、初めてなので」

目元が少しゆるんだ気がした。緑間なりに気を張っていたのかと思うとまた笑える。返さなくてもいいと言ったのに、私のタオルは律儀に戻ってきた。うちのとは違う洗剤の、いい香りがした。

 

 

「──監督、聞いてくれますか」

練習試合をしている。
一度負けた相手である誠凛と偶然合宿の場所が被ったのである。向こうの監督──信じられないが私より一つ下の女生徒だ──からの申し出で行われているそれを見ながら、私はじっと観察を続けている監督に話しかけた。うちの選手は雪辱を果たすといって気合い十分だ。いつもより動きがいい。

「……なんだね」
「私ね、緑間が嫌いでした」

沈黙が落ちる。コホン、咳払いをして、監督が「まあそういう奴は多いだろうね」と言う。私の目はコートの中を駆け回るみんなを追いかけている。

「緑間が来たことで、私たちのチームは一度死にました。緑間は確かにすごくて、うちはもっと強くなって、それは私の目にも明らかだったから、文句は言えなかったけど」
「フム」
「緑間のシュートは、きれいに入るでしょう。神様がそう決めたみたいに。だから仕方ないって思ってたんですよ。必ず入るシュートがあるなら仕方ないって」
「……思っていた、ということは、今は違うのかね」
「はい」

私はそれだけ答えて、立ち上がった。そろそろ夕食の用意をする時間だ。
ついでだし、人数もそんなに多くないし、誠凛はマネージャーもいないというから、その分も私が請け負うことになっている。誠凛の監督さんにはちゃんと自分の役目がある。それに何より料理が苦手なんだそうだ。恩を売っておくのも悪くない。

「なんだかスッキリしないなあ」
「わざわざ言う必要もないことかなって」

不満そうな、おもしろそうな、どっちとも言えない顔で監督がぼやいた。「高遠は少し、変わったね」と付け足す。

「そうですね……、あ」

コートに目を移した。緑間にボールが渡ったようだ。高尾がいい具合にパスを回したらしい。してやったりと笑っている。
くん、と膝を曲げて、力をボールに乗せる。それだけの動作がとてもゆっくりに見える。

高く、高くを行くボールを、みんなが見上げていた。照明がキラキラ光って眩しい。
きっとうちのチームの人間はみんな、私と同じことを思っている。
 

外れるはずがない。──外れたって、いい。
 

私たちはただ、キセキが見たいのだ。私たちの仲間がその手で紡ぐ、キセキが。