Skip to content

緑間と入れ替わる/krbs

走馬燈って、死にそうなときに死なないための方法をどうにか記憶の中から探すためのものだって聞いたけどなんか納得できない。記憶を漁るよりもっと有効な何かがあるんじゃないの。
階段から転げ落ちる刹那の間でそんなことが考えられるくらい、体感時間は間延びしていた。だから、ちょうど私が落ちる予定の位置に突如現れた緑間の姿はしっかり認識できたし、どいてと叫ぶこともなんとかできたのであるが、緑間はこっちに気づくと避けるどころか手を広げて、受け止めようとしたのだった。宙に浮いた身体をどうにかする術などは当然ながらなくて、私は予定通り緑間に向かってダイブ、強い衝撃を受けて意識が飛んだ。
 

頭がずきずきして目が覚めた。
無意識に手が伸びて患部をさすり、なにか違和感に気づく。次に目を開けて、視界がぼやけていることに首を傾げた。これでも視力はいい方だ。コンタクトなんてのもつけていない。目をこすったら、手にガサガサした何かが付いていて、擦ると痛い。

「……オイ」

女の子の高い声が私に向かっていた。近くで見ていたのだろうか。

「あっ、緑間は…………!? 何この声!?」
「……これをかけろ」

ぼんやりと浮かぶ女生徒が何かを差し出してくるけれど、見えないのでうまく受け取れない。痺れを切らした彼女は苛立った様子で私の顔をガシッとつかんだ。視界が途端にクリアになる。

「……私がいる!?」

ギャーッと叫ぶとうるさいと叩かれた。頭をさすると緑色の髪がさらさらと視界に入る。

「……もしかして、緑間だったりする?」
「そうだ。どうやら入れ替わったようなのだよ」
「そ、そんな夢みたいな」
「夢ではない。現実だ」
「……どうすんのよ!?」
「オレが知るか! あとその言葉遣いをやめるのだよ! 気持ち悪い!」

信じられないことだが、私の身体に緑間の意識が、緑間の身体に私の意識が入り込んでいると、つまりはそういう状況であるらしい。そんなマンガやドラマみたいなことが現実にあってたまるかと思うけれど、今目の前でプリプリ怒っているのは紛れもなく私だし、今の私の身体も学ランとか緑髪とかテーピングとかを見る限りこれは緑間のものなのだろう。

「どうするのこれ。どうすればいいの」
「どうもこうもないのだよ。原因はおそらくさっきの衝突だろう」
「なんでそんな落ち着いてんの」
「こういうのは元に戻るのがセオリーなのだよ」
「なんでそんな確証ないことで落ち着けるわけ……」

相変わらずずれている。いやどうするんだこれ。今日だって練習あるし。明後日は練習試合だし。来月の頭には予選が始まる。戻るっていつ戻るんだ、戻らなかったら? 私が出るの? キセキの世代、緑間真太郎として?
そんなの無理だ。各方面に対して申し訳が立たない。

「だから避けてって言ったのに……」

つい口から出た恨み言に、私の顔をした緑間が眉間に皺を寄せた。

「避けていたら死んでいたかもしれないだろう」
「あれくらいじゃ死なないって……たぶん」
「確証はない。死なれるよりはこちらの方が随分マシなのだよ」

確証とかお前が言うか、とつっこみかけたが、そういえば助けてもらったお礼も言ってなかったなと思い出したので、ありがとうとごめんなさいを言っておいた。緑間(顔は私)が満足げに頷いた。

「お前も、これにこりたらもう少し周りをしっかり見て行動しろ」
「スミマセン」
「とにかく、こうなってしまったものは仕方ない。監督と先輩方に話して、今後どうするか相談するのだよ」
「そうだね。あ、でも、その前にちょっと」
「なんだ?」
「トイレ行ってきていい?」

緑間が固まった。ピシィという音が聞こえてきそうなほどである。

「……我慢しろ」
「え、いや、無理でしょ。つーか緑間トイレ行くとこだったんじゃないの? すぐ戻ってくるからちょっと待っててよ」
「だからやめろと言っているのだよ!!」
「無茶言うな。自分の身体が漏らすとこ見たいわけ!?」
「…………わかったのだよ、では目隠しをしろ。オレが介助する。絶対に見るな」
「嫌だよ! 誰かに見られたら私が変態になるじゃん!」

らちが明かないので、別にもう許可を取ることもないかと思って実力行使に出ることににした。私の身体と緑間の身体、どっちの力が強いかなんて比べるまでもないのだから、制止をものともせずトイレに向かって歩く。
袖やら裾やらを一生懸命引っ張っていた緑間が、不意に手を離した。諦めたか。振り向くと目が据わっている私の顔がこっちを睨みつけていた。
 

「……いい加減に…」
「え」
「するのだよ!!!」

 

──かくして緑間渾身のタックルにより私の意識はもう一度ふっとび、目覚めた時には二人とも元に戻っていたのだから、世の中おかしなこともあるものだと思う。