Skip to content

逆行1

 

「やっぱり高専行くのやめた。よく考えたら面倒だし」
 

朝起きてきたばかりの自分の主、五条悟が開口一番そう言ったので、あきらはぽかんと口を開けて「え?」と言った。
なぜならこの少年は、歴史ある五条家の次期当主という重要な立場にありながら、昨日までの数日間を「絶対東京の呪術高専行くから」「ジジイどもが反対しようが勝手に行く!」とだだをこねることに費やしており、昨日も寝る前に「あきらも説得手伝えよ。なんか考えて!」とわーわー言っていたはずだからだ。
悟に協力を要請される一方で、すっかり途方に暮れた老人たちにはあれをどうにかしてくれと無茶なことを言われ、板挟みになっていることがあきらの最近の悩みだった。
だから昨日のあきらは、明日はどんな切り口で説得にかかろう、やはり寮生活の面倒さ、悟本人の生活力のなさだろうか……と考えながら眠りにつき、この部屋に入る前にひとつ大きなため息を吐いて、重い気持ちで障子を開けたのだ。

それがどうだ。

どこか落ち着いた表情の主は、昨日までが嘘のように、あっさりとわがままを取り消した。

「……悟様、もしかして熱でもおありですか」

経験上、この少年が一度言い出したことを簡単に諦めるような性格でないことは知っている。らしくないことをする、すなわち正気ではない、もしかして熱でもあるのかもとあきらがその額に伸ばした手を掴み、悟は「なんでだよ」と不満そうに言った。

「いえ、あまりにも昨日と様子が違うので」
「……そういうこともあんだよ!」
「はあ」
「とにかく高専は行かないから。ジジイたちにも言っといて」
「わかりました」

なんにせよ、あきらとしては願ったり叶ったりのことではある。悟が高専進学を諦めるのなら、監督不行き届きを家の者に責められることもない。なんとなく腑に落ちないとは思いながら、藪をつついて蛇を出すようなことになっても困るので、あきらは大人しく頷いた。「腹減った」と視線を逸らす悟に、朝食は部屋にお持ちしますね、と答えた。