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巻き戻し1

虎杖悠仁は死んでいる。正確には死んでいることになっている。一日くらい本当に死んでいたし、今も対外的には死んでいるから、高専の敷地のどこか、限られた人間しか知らない隠れ家のような地下室に籠もって、ただひたすらかわいいようなキモいようなぬいぐるみを抱えて映画を見るという変わった修行をしている。
生活の面倒は伊地知や家入、それから勿論五条といった事情を知る大人たちが見てくれていて、本日夕飯を持ってきてくれたのは五条だった。
おまた〜と鼻歌まで歌いながら顔を出した五条は、食事を終えてからも取り留めのない会話に付き合ってくれて、それは人との会話に飢えた悠仁には結構ありがたいことだった。今日見た映画の感想やら地上の同級生たちの様子やら、聞きたいことも話したいことも山ほどあるのだ。
五条の方も自分を邪険にしない教え子は珍しいから、喜んで話に乗るし広げていく。
持ってきて貰ったポテチを摘み、そうやって和やかに談笑していたときだった。

「げ」

五条がいきなりそんな声を上げた。
そのまま固まってしまった担任教師は自分の背後を見ている様子で、悠仁は目を丸くしてその視線を追うようにして振り返る。ソファーの背の向こうは入り口で、

「……いた」

そこには一人、高専の制服を着た、見知らぬ女子が立っていた。

 

**

 

「そのうち教えるかと思ってたし別にいいんだけどさあ」

ポテチをバリバリ食べながら言う五条はなんだか納得がいかないらしく、子供っぽく口を尖らせている。その横、席を譲ってカーペットの上に移動した悠仁は同じくポテチを食べながら、ソファーに座って平然とコーラを飲んでいる女生徒を見上げた。
彼女はどうも三年の先輩らしい。襟に付いたボタンは自分の制服にもついていたもので、そういえば新しいやつ来るのかなあ、派手に破いちゃったからなあと関係のないことが悠仁の頭を過ぎった。

「で、なんでわかったの?ココのこと」

五条が尋ねる。彼女はペットボトルを口から離して、しばらく考えた後、「秘密」と答えになっていない答えを返した。
のれんに腕押し。糠に釘。そんな雰囲気だ。
あーもー、と頭を掻きながら、五条が唸っている。
まだ短い付き合いだし、だからそう思うのかもしれないが、五条先生がこんな風になるのは結構珍しいんじゃないだろうか。
二人を見比べていると、やっと吹っ切ったらしい五条が「まあいいや」と溜息を吐いた。

「悠仁」
「え?ハイ!」

唐突に名前を呼ばれてびっくりした。

「三年の高遠あきら。一級術師だよ。一月後には一緒に仕事してもらうかもだから、仲良くして」
「よろしく」

ソファーの上から頭を下げられ、あ、よろしゃっす、と悠仁も挨拶を返す。こちらの挨拶を聞いているのかいないのか、あきらは返事をするでもなく、机の上のポテチに手を伸ばした。