Skip to content

運試しに至るまで3

あきらは夏油のことを、高専に報告しなかった。

報復を恐れたというのは確かにある。けれど一番の理由は、情がわいてしまったからだ。
二人の少女に慕われ、にこやかに応える夏油を見ていると、とても百人以上を呪い殺した重罪人とは思えない。あきらさん、と呼びかけてくる声は年相応の少年のもので、あきらは彼が掲げていた正義を知っていたから余計に、彼にそうまでさせた何かを考えてやるせなくなる。
 

「少し出てきます」

そんな生活も一月を過ぎた頃、夏油が言った。

「は?どこに?」
「ちょっと新宿まで」

高専の追っ手から逃れるため、この一月、基本的に夏油は外に出ていない。夜中に少し散歩をしているくらいだ。そんな夏油がこんな真っ昼間からそんなことを言い出して、しかも行き先が新宿なんて言うものだから、あきらは目を丸くして驚いた。

「な、何しに?」
「そうですね。運試し?」
「運試しィ?」
「賭けみたいなものです」
「賭け?」

どちらにしてもあまり夏油には似つかわしくない。思いっきり眉を顰めたあきらが面白かったのか、夏油は少し笑って、それから「お願いしたいことがあります」と今更なことを言う。むしろ夏油たちがここに来てから、お願い以外のことはされていない気がする。何、と憮然としたあきらが聞いた。

「もし私が死んだら、あの子たちを高専に預けてください」
「……は?」
「何か咎められたら、私に脅されていたと言えばいい。あとは夜蛾先生がどうにかしてくれるでしょう」
「ま、待ってよ。あんた死にに行くつもりなの?」
「まさか。死ぬかもしれないだけですよ」

あきらが引き受けるのを待たず、夏油はソファーの近くにしゃがむと、並んで昼寝をしている二人の少女の頭を撫でた。むにゃむにゃと漏れる寝言に笑いをこぼしながらあきらに向き直る。

「じゃあ、そういうことで」

引き留めるべきか迷う暇もなかった。あきらは半ば呆然と背中を見送った。

 

双子が昼寝から目覚め、夏油が家のどこにもいないことに気づいて泣き喚き、疲れ切って眠った頃ようやく、夏油は家に帰ってきた。

文句を言おうとは思えなかった。ほっとした気持ちの方が大きかったのだ。
でも素直にそれを口に出すような性格はしていないから、あきらは言葉を溜めて、それから口を開いた。

「……賭けには勝ったの?」

夏油は心底困ったように、眉尻を下げて笑うと、「わかりません」と言った。