ここは似せているというだけで人の世界ではないから、本来天気や季節などは関係ない。この神域を形作るは主である審神者の意志だ。
けれど外の世界が春なのだろう、ということは、持ち込んだ暦のおかげで知っていた。
「今剣」
「はい」
「いいものを見せてあげよう」
「いいものですか?」
膝の上に今剣と名を持つ少年を乗せて、女はぱちんと手をあわせた。自分の目の前で合わさったそれを見、不思議そうに首を傾げる。
ふふ、と頭上で柔らかな声が聞こえた。
ゆっくり手を離したその隙間を埋めるように、日の光にも似た光が灯る。段々と大きさを増していくそれは、やがて主の手から離れて浮いた。まるで意思を持っているかのような動きで、静けさの満ちる庭先へと逃げていく。
「ああ!あるじさま、にげてしまいましたよ!ぼくがつかまえてきましょうか」
「まあまあ、少し待ちなさい」
今剣の頭に、ぽんと手が乗る。企みごとをしている時の顔だった。
「ごらん、今剣。」
──春だ。春が来る。
え、と今剣が言葉に詰まった時だった。ぱあと庭の方で、あの光が一際大きな輝きを放ち、反射的に目を閉じる。
次に目を開けたとき、今剣の目に飛び込んできたのは満開の桜だった。ひらひらと舞い散る桃色の花びらと、自分とを交互に見つめるちいさな子どもを見て、「この間、無理をさせたおわびだよ」と主は言った。声をたてて、朗らかに笑う。
「……もう、とっくになおっていますよ?」
「それでもだ」
しなやかな腕が、今剣の小さな体をぎゅっと抱きしめる。すうと息を吸い込めば、かすかに花が香った。