※72話より後の展開を捏造しています
※ごじょさとの中に宿儺みたいな何かがいたら
——さとる
何かに呼ばれた。
たぶん女の声だった。
随分長い間眠っていたような倦怠感のなか、五条悟はゆっくりと目を開ける。目の前には実家と同じような古ぼけた畳があり、自分が無防備に寝転がっていたことに気づいた。い草の匂い。
「悟」
霞か何かのように、実体のなかった声がいきなり現実味を帯びる。視界の端に広がる色鮮やかな着物の生地に、驚いて体を起こした。素早く距離を取り、自分を見下ろす格好のその人影を睨みつける。
「なんだお前」
誰だ。ここはどこだ。なぜ自分はこんなところにいる。
疑問は山ほどある。そのうちの一つを口にした五条を、女は変わらずゆったりと見下ろして、わずかに微笑んだ。
その背後には闇が広がっていて、空間の終わりがない。
「まだ生きたい?」
「はあ?」
唐突に意味のわからないことを言われて五条が片眉を上げる。
五条の反応に女は首を傾げ、ふと片手を上げた。次の瞬間、胸に刺されたような痛みが走り、何の攻撃を受けたのかと五条は必死に頭を回す。状況がわからない。
「まだ?」
「なんっ、……ッ!」
着物の袖が宙を泳いだ。
と同時に首に激痛が走る、続いて体を刃が切り裂く痛み。太股を容赦なく切り刻まれて体が崩れる。額に駄目押しの一撃。
——これは。
これはあいつに受けた傷だ。
「そんなに痛むのに、まだ生きたいの?」
痛みにうずくまる五条のそばにしゃがみ込み、歌うように女は尋ねた。五条は霞む目でその顔を睨み上げ、当たり前だと返してやる。喉からは絶えずごぼごぼと妙な音がして、声になったか怪しいが、伝わってはいるようだった。
一層楽しげに女が笑う。い草と血と、何かの香料の匂い。
「ならせいぜい頑張りなさい」
す、と伸ばされた手が五条の頬に触れた。
途端に痛みが薄れ、代わりに強烈な眠気が五条を襲う。
「まて。お、まえ……だれだ」
途切れ途切れに五条が尋ねると、女が不思議そうな顔をした。
「知ってるくせに」
**
むくり、と五条は体を起こした。
周りには自分が流しただろう血が、夥しいほどの量で広がっている。制服も血塗れだ。
なのに五条は平気だった。切り裂かれた首も、離れたはずの胴もしっかり繋がって、額を触っても穴は開いていない。
「……なんなんだ一体」
口に出したのは五条ではなく、残してきたはずの同級生だった。今まさに処置をしようとしていたのか、腕まくりをした硝子が滅多に見せない驚いた顔で五条を見つめている。
「俺が知りたいっつの」
「流石に死んだと思ったのに」
「俺も思った!それより!」
今はあっちだと、五条は勢いよく立ち上がる。もしものことを考えると治療役は必要だと、硝子の体を小脇に抱えた。不満の声は聞き入れない。
そのまま親友の元に駆けつけるために走り出した足には何の問題もなく、寧ろ疲れが取れて全身が軽いくらいだった。
「あのクソ野郎!」
とにかく腹が立って仕方ない。
呪詛師と正体不明の女、どちらに向けているのか自分でもわからない悪態を、五条は吐いた。