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夢みたものは※/七海

※学生時代

 

向かってくる低級呪霊を斬り祓う。いつもの、決まり切ったただの作業だ。制服についた埃を払い、肩越しに振り返って、七海は近くで同じく作業を終えたらしい同級生に声をかけた。

「灰原くん、終わりましたか」
「終わったよ!」
「ではさっさと帰りましょう。長居はあまりしたくない」

くるりと振り返り、出口へと足を進める七海の背中に、「あ」と何か思い出したような声がかかった。

「どうしました」
「ごめん七海」
「灰原くん?」

訝しんで見た先には先ほどまでいた廃墟ではなく、水の滴る洞窟が広がっている。七海は目を見開いた。
生得領域。見覚えのあるその光景の真ん中にいる灰原が、困ったような笑顔でぽりぽりと頰をかく。眉尻を下げて言った。
 

ごめん、七海。
足がないから行けないや。
 

その顔はみるみるうちに傷ついて、七海が最後に見た灰原の顔と、あっという間に重なった。
 

——夢を見た。

全身にじっとりと嫌な汗をかいている。誰がいなくなろうと構わず呪術実習はあるのだと思い出して、七海は体を起こした。
歯車一つ消えたところで全体の動きは変わらない。誰かが代わりをして、誰かが無理をして、毎日は過ぎていく。
なくなった歯車が誰かにとってどんなに重要だったのかなんて気にする人も知る人も少ない。特に自分たちのような換えの効く存在は。

灰原は特別ではなかった。
七海も特別ではないのだろう。だからきっといつかは死ぬ。その死に意味があると、一体誰が言えるだろうか。

答えが出ないまま、今日も七海は実習に向かう。呪霊を祓う。生き物を殺す。人の死を見る。
 

**
 

「——七海、生きてる?」

崩れかけた建物の陰で体を休めていたところだった。それを聞きたいのはこちらの方だと、七海は閉じていた目を開ける。
ここまであきらを運んだのは七海だった。足が折れ、脇腹にかなり深い一撃を食らったあきらは完全に意識を失っていたのだ。止血はしたがまだ血は流れ続けているし、見れば顔だって青い。こっちの台詞ですよ、と返すと、こんな状況でもあきらはアハハと笑った。

「何がおかしいんです」
「あのね」

灰原の夢を見たよ、とあきらが言った。

黙り込む七海は今朝も見た夢を思い出している。——足がないから行けないや。聞いたことのないはずの言葉が、実際に目の当たりにした死に様と重なって頭の中で響く。
一瞬呆けていた七海を、あきらの声が現実に呼び戻した。

「まだ早いって怒られた」
「…………」
「七海によろしく、って。めちゃくちゃ手振ってた」
「……そうですか」

あきらはくすくすと思い出し笑いまでしている。自分の見ているようなものでなくてよかったと思いながら、七海は溜息を吐いた。

夢は所詮夢で、自分たちの脳が作り出す虚構だ。
それでも傷つくようなものでないならば、まだ救いはある。

「七海さ、術師やめなよ」
「え?」

向いてないと思うなと、唐突な話に似合わない穏やかな口調が続いた。

「普通の会社で働いてさ、呪いは自分の周りのだけ祓って、大事な人見つけて、結婚して、普通に暮らしなよ。そっちのがいいと思う。元々家もそういう家系じゃないんだし」
「……高遠さん」
「子供できたらハガキでいいから教えてね。お祝い、奮発する」
「いきなりどうしたんですか」

傷だらけのあきらは、七海の質問には答えなかった。ただ前を見つめて自分の言いたいことだけを言い切る。言葉が途切れた同級生の顔を見た。

いつの間にか、あきらは泣いていた。
嗚咽はない。ただ涙だけがはらはらと頬を伝っている。

「灰原ね」
「……はい」
「私のこと好きだったんだって」

知ってた?と涙声であきらが笑った。
夢の中で何か言われたのかもしれない。
顔を少し赤くしてはにかんでいる灰原の顔。いつかの内緒話を七海は思い出していた。夢でもなんでもない、記憶の中の彼の姿に、頬が僅かに緩む。
七海は目を伏せて口を開いた。

「知ってましたよ」