※学生時代
「すまない。もう一度言ってくれないか」
話を進めようとしたあきらを遮って、夏油は言った。片手で口を押さえている。あきらはぱちぱちと数回瞬きをして、素直に先程聞いたのと同じお願いを繰り返した。
「五条先輩の写真が欲しいんです」
そこまではいい。
「うん、それで」
次も?と言いたそうに首を傾げた一つ下の後輩に頷いてやる。あきらはやはり素直に、先を続けた。
「最近あんまり練習に身が入らなくて」
「ああ」
あくまでも真剣な表情で、あきらは言う。
「なので、五条先輩の写真をですね」
「何に使うんだい?」
夏油の質問に、あきらはきょとんとした表情を見せた。何を当たり前のことをと言わんばかりだ。さっきも聞いたことだから、もちろん夏油はあきらの考える当たり前を把握した上で再度尋ねている。口を押さえ、なんとか笑いを堪えている状態だった。
「的に貼ろうと思って」
「フッ……」
「なんで笑うんですか?」
小刻みに肩を震わせている夏油を見て、あきらが驚いたように言った。
そりゃあ面白いだろう。これが笑わずにいられるかと思うくらいなのに、彼女にはわからないらしい。
写真が欲しい、と最初に言われたときは夏油だって驚いただけだった。いつの間にそういうことにとさえ思った。
五条はいつもあきらを見かける度にちょっかいを掛け、小学生の男子のような調子で散々からかっているし、本人はというとそれにいちいち真っ向から対抗している。
七海あたりのように無視がある程度有効だと教えてやっても、あきらには難しいようだった。腹が立つと一言言わないと気が済まない性分らしい。
まさかそれが。
「ま、的に貼って、どうするつもりでいるんだい」
夏油が途切れ途切れに聞くと、怪訝そうな顔のあきらが「撃ちます」と簡潔に返してくる。なおのこと笑いがこみ上げ、同時に今はいない親友に対して、同情の気持ちがちょっと芽生えた。
「なので写真をください」
あきらは夏油の気も知らず食い下がった。「できれば一人で写ってるやつがいいです。一緒に写ってる人に申し訳ないので」と良心も捨てていない。やりたいことの方は陰湿だが、呪術師らしいと言えばそうかもしれない。
咳払いをして、さてどうしようか、と夏油は考える。ううん、と顎に手を当てたところで近づいてくる姿を見つけ、笑顔を浮かべた。
期待にぱあっと顔を明るくしたあきらの背後から、
「何してんの?」
「悟」
「五条先輩!?」
五条悟が現れた。
あきらの頭の上に腕を置き、ぐいぐいと体重をかけている。何するんですかとあきらが喚いた。
「腕置きにちょうどいい高さなんだよ」
意地悪く笑うのを見たあきらが眉を吊り上げる。一瞬しゃがんで五条の腕の下から素早く抜け出すと、夏油の後ろに隠れる。今度は五条が眉を顰めた。
「……まあいいけど。何話してたわけ」
「五条先輩には関係ないです」
「はあ?」
「まあまあ——あ。」
「どうかしました?」
いいことを思いついた。
一拍置き、にっこりと笑顔を作る。揃って自分を見つめる後輩と親友に向かって口を開いた。
「ちょうどいいじゃないか」
「え?」
「悟、あきらは悟の写真が欲しいんだってさ」
「は?」
的に貼って撃つんだそうだ、という事実は飲み込んで、「やる気が出るらしい」と付け加える。別に嘘ではない。
五条はちょうどさっきのあきらのようにきょとんとしている。
流石に慌てたあきらが、違うんです、そうじゃないんですと五条の制服の袖を引っ張って言い募った。顔が青いところを見ると、怒られると思っているようだ。そんなわけはないのにと、夏油はまた笑いそうになる。
「夏油先輩!」
「ははは」
焦ったあきらの非難を笑っていなすと、やっと思考が追いついた五条が「なんだそれ」と言った。機嫌よく笑い、携帯出せとあきらに命じる。
すっかりびびったあきらが恐る恐ると言った様子で、ポケットから取り出した折り畳み式の携帯を差し出した。
「こ、壊すのだけは……」
「はぁ?なんでだよ」
びくびくしているあきらを不思議そうに見て、慣れた様子で携帯を操作する。もっと寄れよとあきらの腕を引っ張って、携帯を掲げた。機械音が鳴る。
「…………」
「後で俺にも送っといて」
役目を終えた携帯をぽいっとあきらの方に放り投げ、明らかに機嫌のいい五条が背を向ける。ふんふんと鼻歌を歌い、どこかへ向かう足取りは軽快だ。
「よかったじゃないか」
微笑ましく一部始終を見守っていた夏油が面白がって声をかけた。無事戻ってきた携帯を神妙に見つめるあきらは、狐に摘まれたような、なんとも言えない表情をしていた。