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信頼の話/五条

※学生時代

 

夕暮れである。
色素が薄いせいで、石段の上に腰掛ける五条の髪は夕焼けの色になっていた。ほとんど全部が赤い。
五条は正面から歩いて来たあきらを見下ろして、寄せた眉はそのままに「よお」と言った。

「夕飯」
「へえ」
「来ないなら他の奴に食べさせるけど」
「他の奴?そんなのいたっけ?」
「……」

あきらは地面を見た。
今寮にいる人間を頭の中で数えて、そしてきっとこんな時にもう一人分の食事を喜んで平らげてくれただろう後輩と、意外と大食いだった同級生のことを思った。どちらももう、いない人間だ。
視線を上げて「……私が食べる」と五条を見据えると、彼は深くため息を吐いた。

「冗談だよ」
「あっそ」

伝えたからねと、役目は終えたと言わんばかりに踵を返したあきらの背中に、五条の声がかかった。

「あきら」
「…………」
「他になんか言うことないわけ」

あきらの足が止まる。また視線を落としたことに、五条は気づいているだろうか。聞いたんだろ、と追い打ちのように五条は続けた。

「傑、戻んないってさ」
「……知ってる」
「なんか俺に言うことないの」

何を言えと言うのだろう?
あきらなんかに五条のことが理解できるわけがない。夏油のことだってわからなかった。仲良くしている家入のことも、後輩としてかわいがっている七海のことだって、きっと何もわかっていないのに。
あきらがわかるのは自分のことだけで、それだって時々怪しい。特に今のような時には。

慰めの言葉なんて知らない。
あきらが嫌と言うほど知っているのは、

ぐっと唇を噛みしめて、あきらが振り返る。
いつの間にか立ち上がっていた五条の顔を挑むように見た。夜の色をうっすらと纏いだした色素のない髪が綺麗だ。あきらを見下ろす瞳は青く、諦めたように凪いでいる。

「私の知ってる五条は、」
「……」
「私が——、私が心配しないといけないほど、弱くない」

ただの事実を言い切って、息を大きく吐く。
虚を突かれたような顔を睨み上げると、五条は少し面白そうに目を細めた。
 

**
 

どうしてよりにもよって出発の時間が被るのか。
車を着けてあると聞いた、高専敷地内のいつもの場所にたどり着くと、「あきらじゃん」と聞き慣れた声がした。
思わず顔を歪めて、あきらは目の前に立つ男を見つめる。黒尽くめの今の時期にはまだ暑そうな服に黒の目隠し。その向こう、車の近くに立っている伊地知の顔を見ると、申し訳なさそうな苦笑が返った。

「なんで五条がここに?」
「僕も出張。関西にちょっとね」
「緊急の案件で……すみません、空港まで一緒に送迎させてください」
「……」
「なんで謝んだよ伊地知ィ。不満でもあんのか」
「いっいえ!そういうわけでは!時間も時間ですし早く行きましょう!」
「なんか引っかかるなあ。ホラあきら、突っ立ってないで行くよ」

ずるずる片腕を引っ張られ、開いた扉の隙間から後部座席へと押し込まれた。続いて五条が入り、伊地知がエンジンを掛ける。
はあ、と大きくため息を吐いて諦めたあきらに、五条が薄い唇を尖らせた。

「何が不満なわけ」
「別に」

嘘だ。本当は少し嫌だった。
空港に向かい、目的地に降り立ったら、移動を挟んですぐ調査に向かうことになっている。できるだけ精神統一に励んでおきたかったあきらの計画はこれでパーだ。
けれど同時に、安心のようなものを抱いている自分にも気づいた。なんだかんだ言って五条との付き合いは長い。気を許せる相手というならばその通りだろう。

「あきらは何しに行くの」

子供のような口調で五条が尋ねる。あきらは答えず窓の外を過ぎる外の景色を眺めていたので、代わりに伊地知が答えた。

「準一級術師が一人、任務に出たまま消息を絶ちました。高遠さんの任務はその調査と事態の解消です」

資料は読んだ。準一級とはいえ、一級昇級の審査中の術師だったから、実質一級みたいなものだ。
それが消えたと言うのであれば、本来であれば五条のような特級の術師か、一級数人で当たらねばならない任務である。
死ぬつもりは毛頭ないが、死なないと言い切ることもできない、それくらいの印象をあきらは抱いていた。

「ふうん」

五条が気楽な相槌を打つ。その暢気さにカチンと来て、あきらは景色を眺めるのを止め、隣に座る五条を見た。

「……言うこと、それだけなわけ?」
「うん」

言外に非難を込めるが五条は飄々としたままだ。目隠しがあるから余計に、表情を伺い知ることは難しい。

「だってさ」

一時流れた険悪な空気をかき消すように、五条が口を開いた。口の端を面白そうににんまり上げて、五条が頬杖をつく。

「僕の知ってるあきらは、僕が心配しないといけないほど弱くない」
「…………」
「そうだろ、あきら」

遠い昔の夕暮れをあきらは思い出す。
夕方と夜の狭間。その色に染まった五条の髪は綺麗だった。面白そうな、少し無理をしたような笑い声。
記憶の底から浚い出すまでもなく、あきらの口は自然に動いた。あの時の五条のような、自信の滲んだ表情を、自分は返せているだろうか。

「——『当然』」
「ははっ」

五条が声を上げて笑った。一拍置き、あきらも次いで笑い出す。

「ど、どうしたんですか?」

ミラー越しに見た伊地知は突然笑い出した先輩二人を見て当惑しているようだった。

「何もないよ」
「…………はあ……」

運転手が首を傾げる。後部座席は賑やかで、緊迫感のきの字もない。車はそれでも止まることなく、順調に目的地へと向かっていた。

 

ひとこと
マロニエ王国の七人の騎士っていう漫画がありまして、めちゃくちゃ面白いので機会があったら是非読んでほしいんですけど、久々に読み返してたら影響受けてんなってところがあってちょっと照れました。