実習終わりに寄ってもらったコンビニで、簡単に設けられたバレンタインのコーナーを横目に通り過ぎ、あきらは隣を歩く同級生に「五条って甘いの好きだよね」と話しかけた。
目を細めて真剣にジュースを選んでいた五条が、目を丸くしてあきらを見る。よくわからない反応にちょっとびっくりしたあきらがなに、と一歩離れると、五条は「好きだけど」と答えた。
整った顔がにやついている。
「何、バレンタイン?くれんの?」
「……まあ、一応」
「へえ」
ジュースの棚に向き直って、紙パックをひとつ取った五条は、鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気である。
何が楽しいのかわからない。不気味だ。
あきらが怪訝そうな顔をしていることには気がついていないらしく、「毎年結構大変だったんだよな」とこれまた楽しそうに言った。
「……大変って?」
いかにも聞いて欲しそうにしていたので、あきらは仕方なく問いかける。
ふふん、と五条が得意げに笑った。
「この顔だし、このスタイルだし。おまけに勉強もスポーツもできちゃう完璧さだったから、一日中呼び出されてさ」
「……はあ」
「いくら俺が甘いもん好きだっつっても限度があるだろ。手作りのもんは家のやつが省いてたみたいだけど、それでも食いきれねーし」
「なるほど」
自慢話を続ける五条を冷めた目で見つつ、あきらはため息のような相づちを打った。
でもまあ、嘘ではないんだろうなと思う。
五条の顔が整っているのは本当のことだ。おまけに色が普通の人とは異なるから余計に目立つ。身長も高いし、さっき本人が言ったとおり頭でも運動神経でも人より優れているから、学校では相当注目を集めていたに違いない。
惜しむべくは性格だが、それだって言動がちょっと突飛なだけで、案外気遣いもできるやつだと、同級生として短くはない時を過ごしたあきらは知っている。
「……なるほどね」
なのであきらは素直に、五条の自慢話を受け取った。レジを済ませ、軽い足取りで前を行く五条の後を着いていきながら、聞いといてよかったなーとのんきなことを思った。
**
バレンタイン当日である。
特に好きな人もなく毎日呪いとばかり向き合っているあきらには、バレンタインの本来の意義などは関係ないが、だからこそ渡す相手は多い。
普段お世話になっている教員や補助監督、男女問わずに用意したチョコレートを配る。補助監督なんかは大げさに喜んでくれるのであげた甲斐もあった。
先輩や同級生にも同じく、会った相手からチョコを渡して行く。ホワイトデーは期待してて、という声に喜びながらあきらは大体を配り終えた。
そして。
「あきら〜っ!」
なんで。
「このアホッ!」
「ええっ!?」
どうして今自分は五条に怒られているのだろう。
実習終わりで帰ってきた五条に外でばったり会って、はい、と用意したチョコレートを差し出したらこれだ。あきらが差し出したものを目を丸くして受け取ると五条はしばらく固まって、そして我に返ると今度は怒り出した。
今日チョコを渡した他の人達とあまりにも違う反応に驚いているあきらをキッと睨みつける。
「わっ、私なんかした!?」
「ちっさすぎだろ!!一口か!!」
あげたばかりのチョコレートを突き出して五条が怒る。確かにそれはそうだ。五条にあげたものは小さいが、それはあきらが気を遣った結果である。
「だ、だってこないだ……」
なのであきらは戸惑いながらも言い返した。
「こないだぁ?」
「毎年貰いすぎて困るって言ってたじゃん!」
「…………」
だから困らないように小さいのにしとこうと思って、と続けたあきらをじっとりと見つめる。額に青筋が立った。
「……この学校のどこに俺にチョコ渡すようなオマエと硝子以外の女子がいんだよ……!」
「えっ?あっ」
「あっ、じゃねぇ!!」
このアホっともう一度言うと、五条があきらの頬をつねった。やめてよと抵抗したが五条の指はびくともしない。
「……ったく」
あきらの両頬を好きにのばし、しばらく間抜けな顔を楽しんだ五条は、ある程度気が済んだのかぱっと手を離した。
「来年はちゃんと普通のよこせよ」
まだ憮然とした表情の五条はそれだけ言うと、その場で包装をあけて、あきらの渡したチョコレートを一口で食べる。ちょっと溶けてしまったらしく、手に着いたチョコをぺろりとなめてから、じろりとあきらを見た。
「返事」
「はい……」
あきらは大人しく返事をした。ふん、と五条が鼻を鳴らす。
「……でも五条」
「んだよ」
「なんで渡したのが小さいってわかったの。他の人のは見せてないのに」
顔を上げたあきらが不思議そうに首を傾げると、眉を顰めた五条が渋い顔をした。
「……傑が写メ送ってきたんだよ」
「……なんで?」
「知るか!」
また五条を怒らせてしまった。足早に歩き出した同級生の背中を、あきらは慌てて追いかけた。